第159回  04年5月18日 『国立国際美術館の移転にともなう建物の件』
決算行政監視
第二分科会

 

○今野主査

 これより質疑に入ります。

 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。藤村修君。

○藤村分科員

 おはようございます。民主党の藤村修でございます。

 きょうは、決算行政監視委員会第二分科会において、財務省所管であります旧日本万国博覧会協会、現独立行政法人日本万国博覧会記念機構について種々御質問をしたいということでお願いをしておりましたところ、内容的に言いますと、国立国際美術館の移転ということで、これは文部科学省、文化庁所管ということになりますので、私の質問枠が財務省所管となっておりますが、谷垣財務大臣あるいは山本副大臣については御質問いたしませんので、お聞きいただければ幸いでございます。

 そんなことから、文科省の方からは稲葉副大臣、それから日本万国博覧会記念機構の方からは大阪から森田理事長にも来ていただきまして、遠路御苦労さまでございます。ありがとうございます。

 さて、ここにいる皆さんほとんどが、あの例の大阪万博というのは、一九七〇年ですから三十四年前、多分ここにいらっしゃる方みんな、一度や二度は見に行かれたという世紀の、日本でもあるいは東アジアでも最大のイベントでございまして、六千四百万人の方が、大阪の北大阪でございますが、千里丘陵の万博会場に足を運ばれた。そして、それからもう三十四年たってまいりました。このときは、史上最大のイベントと言われ、六千四百万人ぐらいの方が駆け寄り、詰めかけ、そして「人類の進歩と調和」、こんなテーマで行われたイベントでございました。

 そして、それから来年が三十五周年となりますが、来年は愛知における愛知万博ということで、日本の中でもまた三十五年ぶりに万博という大きな動きが出ております。そんな中で、今、三十四年前の大阪における日本万国博覧会を見直したり、考え直したり、あるいはその意味は何であったか、そんなことを、特に私、大阪の、地元の出身でございますので、非常にそういう機運は高まっております。

 そんな中で、万博におけるさまざまな施設等が、ある意味では老朽化してきたということもございますが、取り壊しにかかっている。今現在、例えば、民族学博物館であるとか、あるいは日本庭園であるとか、それから太陽の塔、有名なシンボルでありますが、これら幾つかのものが文化的施設として保存をされ、維持され、あるいは緑豊かな公園、そして、これはもう大阪のみならず近畿圏全体の大きなオアシスにもなっている、こういう万博会場跡地でございます。

 この中で、一九七七年からでしたか、博覧会当時は万博美術館と言われた建物を、文部科学省、当時の文部省が国立国際美術館にするということで、一九七七年に旧の万博美術館を国立国際美術館として改修して運用がされて、それから数えてももう二十五、六年、四半世紀になります。

 この国際美術館が、四半世紀を経て、実は大阪の市内に新築移転をするということが決定し、地元から、大阪の北大阪の地域から国立国際美術館は大阪市内に移転をする、新築移転である。ですから、このことはそういう意味では歓迎すべきことでもございますが、ただ、単に移転をして、では、後は取り壊していいのかというその辺の問題が、今、我々の地域、特に大阪の北大阪においては大変大きな話題となり、あるいは市民運動なども動いてきている、こんな現状でございます。

 そこで、私としては、この地域の声なども受けて、果たして、国立国際美術館が大阪市内に移転する、そしてその後の施設の利用などについて、きちんと議論をされたり、あるいは地域の皆さんともどもに納得のいくいわば経緯を経てきたかどうか、この辺に若干疑問がございますので、きょうの質問になりました。

 まず最初に、これは国立国際美術館の件でございますので、文科省、文化庁関係でございます。お尋ねをしたいと思います。

 平成五年からこの美術館移転方針がほぼ決定をし、そして現存の美術館の保存、活用についてさまざま検討もされたというふうに伺っておりますが、ここに至るまでの経緯、そして今、結果的には取り壊しということが決まっているそうでありますが、その経緯について少しきちんと説明をお聞きしたいと思います。

○素川政府参考人

 お答え申し上げます。

 先生、今、経緯につきましては、設置の段階から少しお話しいただきましたけれども、少し重複いたしますけれども申し上げますと、昭和四十四年に建てられました日本万国博美術館、これは、昭和五十年に当時の日本万国博覧会協会から建物を文化庁が無償で譲り受けまして、用地につきましては有償で借り受けて使用してきたわけでございまして、昭和五十二年に、御案内のように国立国際美術館として設置したわけでございます。

 この国立国際美術館につきましては、昭和五十九年以降、大阪市内への新築移転や現在地での改築など、将来の美術館のあり方について検討を進めてきたわけでございますけれども、平成五年四月の国立国際美術館の評議員会におきまして、新築移転する方向で進めるということが了承されたわけでございます。

 この後、吹田市の万博公園内にあります現在の施設の保存、活用につきましては、新築の移転が、計画が軌道に乗ってまいりました平成八年以降、国立国際美術館の評議員会でございますとか、平成十一年に設置いたしました有識者による懇談会におきまして、その検討を進めてきたわけでございます。

 この間、地元の自治体でございますとか国立大学などに対しまして、移転完了後の後利用の相談でございますとか意向の打診も行ってきたわけでございますけれども、施設の後利用の見込みが立たなかったということで、日本万国博覧会協会との協議によりまして、更地返還をするということにしたところでございます。

○藤村分科員

 今、そういう経緯で来たと。平成五年以来、ことしが十六年でございますので、約十年間ぐらいの経緯があったわけでございますが、ただ、地元からしますと、やや一部の方たちで何か決めてしまったのではないか。今、市民運動など、保存、活用という結構大きな声も上がりつつございまして、しかし、この十一月からは解体だ、こんなことになっている。

 なぜ保存、活用などの運動が起こっているかといいますと、この建物自体が、京都大学の川崎清工学博士、有名な建築家でもございまして、この方の設計によるもの。この方は、例えば、万博美術館のほかに、栃木県立美術館だとか、相国寺承天閣美術館だとか、あるいは京都大学の博物館など、それぞれ有名な建物の建築家でもございましたが、こういう建物としては非常に価値のあるものが現存している。確かに、いろいろ古くはなってきている。

 ですから、文化庁ですから、そういう文化的ないわば国の財産を守る、あるいは保存、活用する、こういう視点も必要ではないかということを私は申し上げたいわけでございます。

 例えば、当時の万博で幾つもの建物が移転されたりなんかしております。例を挙げますと、オーストラリア館という建物は三重県が引き取って、三重県の四日市市に今あります。あるいは、ラオス館というものは宗教法人が引き受けて、長野県にあります。カンボジア館というのは民間の会社が引き受けて、神戸市にあります。電気通信館というところはNTTが引き受けて、今大阪市内に移転されてある。ほかにもまだ幾つかございますが、それぞれ建物をうまく活用している。

 そういう意味で、文化庁がまさに所管する国立国際美術館が移転をする、そのあとの建物がなかなかいい建物である、にもかかわらず取り壊すしかないのかというのが、私は若干、国の文化行政において正しい方向なのかどうか。つまり、今文化庁としては、現美術館の建物に関して一体どういう評価をしているのか、この点を伺いたいと思います。

○素川政府参考人

 お答え申し上げます。

 国立国際美術館につきましては、先生今御紹介ありましたように、日本で初めて開催されました万博の建造物、美術館といたしまして、当時の建築の最新の技術を集めた建造物であるということは十分認識しておるわけでございます。

 しかしながら、建築後まだ三十五年ということを考えますと、文化財としての価値、最近は、登録文化財ということで、百年に満たないものにつきましても登録文化財というような形で位置づけているものもございますけれども、ただ、建築後三十五年というような期間であるということを考えますと、やはり現時点で文化的な価値の評価というものは難しいのではないかというふうに考えているところでございます。

○藤村分科員

 民間のいろいろな建物などを、文化庁は登録遺産等で国の制度、法律をつくってやってこられた。その本家本元の文化庁が、国立美術館を経営しておって、その建物を三十五年だからといってもう取り壊すんだというこの姿勢が、国の文化行政において今後本当にいいのかどうか、そういうことをただしたいわけであります。

 取り壊しには、一応、平成十六年度予算では四億五千万円ぐらいの取り壊し費用というのがあるそうです。それから、いろいろ聞く範囲では、いろいろ補修あるいは大規模な改修をしないとなかなか今後の使用にたえないということで、それをやるならば、ひょっとしたらその百倍ぐらいの金がかかるということも大ざっぱには聞いております。しかし、四億五千万円で取り壊すか、あるいは四百億円ぐらいかかるかもしれないけれども改修するかというのは、これは国の基本の施策に係る問題であります。

 この点、惜しまれて消える施設とするのか否か、これはまさに文部科学行政、文化行政の、国の根幹にかかわる方針の問題でございますので、それらについて何ら顧みられることがないのかどうか、ここはぜひとも副大臣にお答えを願いたいと思います。

○稲葉副大臣

 ただいまの藤村先生の御質問につきまして、私自身も、地元の方々のお声が十二分に反映できればと、これは気持ちは一緒であります。

 しかしながら、今いろいろな、国の財政的な面ももちろん勘案しなければならないところであり、結局は、先生御指摘のように、補修する費用、あるいはこれからさらに存置していろいろな施設として運用していくに当たって要する経費等も勘案させていただく必要は、これは国の行政をつかさどる者としては当然考えなければならない案件の一つになっております。

 そういう点につきまして、そういうことを勘案しますと、今、素川次長からも御説明がございましたように、登録文化財としての価値、それと、存続するための国の経費、あるいは地元の方々の御希望、そしてそれを体して受け取られる方々との協議、こういった種々の面を勘案しながら、文化庁あるいは文部科学省としましてもいろいろな交渉を重ねてきた経緯は御承知のとおりだと思いますが、結局、大阪府あるいは大阪市、また大学等においてもなかなか文科省、国との協議が調わなかった。こういうところもございまして、結局は、我々としましては、今後、新しくつくられた、中之島にできました美術館に対しては最大限の御支援を申し上げていきたい、このように考えているところでありまして、現時点では、解体費用として四億五千万を計上させていただいた、こういう経緯であります。文科省としましても、その方向で臨んでまいりたいと思っております。

○藤村分科員

 稲葉副大臣、お時間があると思いますので、聞いておいていただくだけで結構でございますが、もう一分ぐらい、済みません。

 今おっしゃったことは、それはそのとおりであります。谷垣財務大臣もいらっしゃいますが、今、国は確かに財政的に非常に厳しい。それは地方も同事情。そんな中で、しかし、これは日本の文化として、今後五十年、百年を見通したときには、この苦しい中でもやはり残すべきものは残す、あるいはお金を何とか捻出して、かけるべきところにはかける。教育なんかもそういう分野だとは思います。そのまさに効率主義のみで、どうも今、国、政府が走り過ぎているのではないかというのは、三位一体改革などの批判からしても十分うかがえるわけでございます。

 私は、特に文化、これは本当に日本、特に京都は前の、千二百年の首都であったわけですけれども、そういう関西地域における文化の保存、そういうものに対しては、今非常に厳しいから、だからばしばしと切っていくという姿勢でなくて、やはりもう少し長い目で日本の文化をきちんと継承していく、子孫に残していく、そんな思想、発想をお持ち願いたいというのが注文でございまして、稲葉副大臣には次がございますので、どうぞ、結構でございます。

 そこで、次に、その現場を監督する旧万博協会、これは旧大蔵省の所管でございましたが、独立行政法人になられて、現日本万国博覧会記念機構という名称に変わっているかと存じます。きょうは大阪の方から森田理事長にも来ていただきました。こちらの方にもこの件をお聞きしておきたいと思います。

 万博機構の目的というのが、「人類の進歩と調和を主題として開催された日本万国博覧会の跡地を一体として保有し、これを緑に包まれた文化公園として整備し、その適切な運営を行う」ということが一つございます。こんな中で、万博機構としては、あの万博のときの美術館、そしてその後の国立国際美術館、そしてここへ来て、今消え行くことになる、それに対するお考えというのはどういうことでございましょうか。

○森田参考人

 藤村先生には、日ごろから万博記念機構につきまして大変御指導いただいておりまして、この場をおかりしまして、お礼を申し上げる次第でございます。

 御質問の答えでございますが、私ども万博機構といたしまして、一九七〇年に開催されました日本万博の記念となっておりますこの建物が消え行くことにつきましては、いろいろ検討の結果というふうに頭の中では理解できるわけでございますけれども、心の中ではまことに残念であるという思いを禁じ得ないところでございます。

○藤村分科員

 現場の責任者であります森田理事長からも、気持ちの上では大変残念であると。その残念な気持ちを起こさせた理由は、まさに財政事情というこの一点にもし尽きるとしたら、これはやはりゆゆしき問題であろうかと思います。

 財務大臣、ずっと聞いていただいておりますので、そういうことが、特に文化とか教育という分野においては、今ここでこれだけお金を出したからすぐに効果があるものではない。特に教育というのは、やはり二十年、三十年かかるわけでありますし、文化というのも、今後の、本当に百年、二百年の日本の伝統文化を守っていくという観点でございますので、そういうことで、今十億出して、大変高いお金だけれども、これを二百年で割り算すれば、非常に経費は安くなる、そういう考え方も当然必要であろうということはぜひ申し上げたいと思います。

 今、現地では、国立国際美術館が使っていた旧万博美術館と、それから万博ホールという、メーンの会場でありますが、太陽の塔の後ろの方であります、これが一体的なものですので、実は両方とも取り壊さざるを得ない、こういう事態でございます。

 森田理事長にお伺いしたいのは、この両建物について、建物としてのまさに文化的価値というのは金には換算できないと思います。先ほど文化庁からは三十五年云々という話もございましたが、万博機構の側からいうと、この両建物というのはどういう価値を持っているのかということをお聞きしたいと思います。

○森田参考人

 ちょうど三十数年前でございますが、博覧会が開催されまして、当時、先ほど先生のお話もございましたように、六千四百万人強という、日本の人口の半分近くの方がこちらにお越しいただきまして、出展参加者数も万博史上最高であるというような、まさしく国民的な祭典であったわけでございます。

 このような歴史的な祭典の中で、これらの建物が大変重要な役割を果たしたということがございまして、私どもの認識では、日本の高度成長時期におきます国民的祭典として、その祭典の中心的な役割を果たした建物として記念碑的な価値を有しているのではないかというふうに私どもは考えておるところでございます。

○藤村分科員

 さっきちょっと例示いたしましたように、幾つかの建物が、やはりこれは残したいというので、いろいろなところが引き取って別なところに建てかえをしたりしております。そんな中で、万博ホール、そして美術館、一番中心的な部分にもある象徴的な建物群でありますので、これを取り壊してしまうというのは本当に残念の一言であります。

 ただ、さっきからのいわば財政とか経済の効率優先の考え方からして、壊した後どうしてやっていくのだろうか。今までは、少なくとも国立国際美術館、文科省、文化庁所管で、ここからの借地料が入っておりました。平成十五年でいうと年間五千四百万円ぐらいだそうですが、これがなくなってしまう。そうすると、今度は万博機構にとってもこれは大きな痛手ではないかな。何かうまく使うことによって収益を上げるのか、取り壊してしまってどうするのか、その辺の中期的な目標というか、見通しをお聞きしたいと思います。

○森田参考人

 この跡地でございますが、今先生のお話にございましたように、私どもの機構にとりましてはかなり重要な収入源でございまして、これがなくなるということは大変厳しいものがあるというふうに考えております。

 そこで、私ども考えておりますのは、やはりこの建物がございます場所が日本庭園の前で、文化的ゾーンと言うに非常にふさわしいところでございますので、何とか今後とも、もし財政事情が好転するとか、またその他の、地元の自治体等がここに文化的施設を誘致することをやっていただければ、私ども大変ありがたいと思っておりますので、そういうことも考えまして、当面、暫定的ではございますが、駐車場にしようと思っております。

 万博に来られます方々も、広いものでございますからちょっとアクセスが問題だということもございまして、ここに駐車場をつくりますとアクセスの改善にもつながるということもございまして、暫定的に駐車場をここにつくる。その駐車場の収入によって、なくなります国際美術館からの賃料を何とか補っていきたいというふうに当面考えているところでございます。

○藤村分科員

 これは機構に言うことではないかもしれませんが、商店街でもシャッター街ができて、そこが壊されて、とりあえず今駐車場になっている、こういう事態が今まさに国の文化行政の中でも起こっているというのは本当に残念なことで、あるいは、将来に対して我々が本当に責任を持てるかという思いが非常に強いわけでございます。

 ただ、では、収益性というのはどのくらいあるのかということなんですね。今までは借地料で平成十五年度ベース五千四百万円ぐらいあった。今度は一体として隣の万博ホールも壊して、それを多分全部駐車場にされるんでしょうけれども、それは、機構のまさに収支の側からいうと、今までどおり何とかとんとんでいくのか、あるいはそれはどんな見込みなんでしょうか。

○森田参考人

 私ども、現在駐車場を持っておりまして、その駐車場の稼働率等を計算いたしまして、さらに今回跡地の駐車場をつくった場合の駐車台数等も計算いたしますと、とらぬタヌキの皮算用というふうにならないことを祈っておりますが、何とか収支相償うのではないかというふうに考えております。また、そのように努力をいたしたいというふうに考えております。

○藤村分科員

 まさに文化滅びて駐車場残る、こういうことになりかねないわけで、今後のこととして、先ほど理事長は少し明るい展望もおっしゃった。つまり、何も駐車場にしておくわけではなくて、ぜひともそういう文化ゾーンの中にしかるべき文化施設を誘致したいんだ、こういうお気持ちでございます。

 そこで、機構の側としては、地方自治体等、あるいは大学もあるかもしれませんが、その跡地利用というか、あるいは場合によっては、まだ壊さないでこれを利用したいというのが今から声を上げるかもしれませんが、そういう可能性について十分検討、対応の余地はあるかどうか、その点だけちょっとお伺いしておきたいと思います。

○森田参考人

 先ほど申し上げましたように、この建物は大変貴重な建物だという認識をしておりまして、国にかわりまして、地元の自治体等がそこでまた保存、活用をしていただけるということになった場合には大変ありがたいと思っておりまして、もちろん、その場合、現在の条件をある程度確保していただくという必要はあるわけでございます。そういう形で残させていただければ大変ありがたいというふうに考えております。

○藤村分科員

 おおむね時間でございますが、これは本当に一つの例でございます。谷垣財務大臣には、日本国じゅうあっちこっちで、こういう文化がやや財政事情等においてのみないがしろにされている現状が、これは一つの例としてきょう申し上げました。決算行政監視委員会という分野において、やはりそういうものも十分に今後国の財政を預かる立場の方として考えていっていただきたいなと。

 本当にこれでいいのかなというのは、理事長もあるいは稲葉副大臣も、ちょっと気持ちの上ではということはおっしゃったわけで、この気持ちが大切でありまして、財政の効率よりは、何より日本人の気持ち、心、そして文化を継承する、そういうことにもう少し国が、行政がきちんと方向性を出して対応していかねばならない、このことを最後に申し上げまして、質問を終了いたします。

 どうもありがとうございました。

○今野主査

 これにて藤村修君の質疑は終了いたしました。

 

 

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