第164回  06年5月26日

 教育基本法改正の質疑において
 民主党案『日本国教育基本法案』の提案者として答弁に立つ@

教育基本法に関する
特別委員会

 

○岩屋委員

 おはようございます。自民党の岩屋毅でございます。

 きょうは、七時間コースのトップバッターということで、短い時間ですけれども、よろしくお願い申し上げたいと思います。

  超党派でつくっております教育基本法改正促進委員会という議員連盟がございますが、私はそこの事務局長を仰せつかっておりまして、今日まで同志の皆さんと一緒にこの問題に取り組んでまいりました。

  ここに名簿がありますけれども、本当にたくさんの先生方に参加していただいておりまして、衆参合わせて三百七十八名、衆議院は二百四十八名、参議院百三十名。自民党はもちろんですが、民主党の先生にも、あるいは国民新党の先生にも、無所属の先生にも、たくさん入っていただいております。森喜朗先生、西岡武夫先生が最高顧問でございまして、提出者であります笠先生にも事務局次長として御尽力をいただいておりますし、中井先生にも御指導いただきながら、勉強を進めてまいりました。

  この促進委員会も案を取りまとめているんですね。同僚の下村先生が起草委員長になられて、もう何十回も民間有識者の皆さんも交えて、立派な案をつくらせていただいていると思います。ですから、私の頭の中には、政府・与党案と民主党案と議連の案という三つの案があるわけでございまして、それぞれに大事なエッセンスが取り込まれている、こういうふうに感じているところでございます。

  したがって、一昨日小泉総理もおっしゃいましたけれども、本来、こういう法案は対決法案とすべきではない。決して党利党略は持ち込むべきではない、やはり国民の英知をこの議会において結集して成案を得るということであるべきだ。もちろん、これから徹底審議をするわけですが、審議の暁には、小異を捨てて大同につき、立派な成案を得る、こういうことでこれからの審議を進めるべきだ、こう思っておりますが、今私が申し上げた考え方に、政府並びに民主党の提出者、それぞれ異論がないかどうかお聞かせをいただきたい、こう思います。

○小坂国務大臣

 私ども、岩屋委員が御所属の教育基本法改正促進委員会の皆様のお考えにできるだけ近づくつもりで今回の法案の策定に当たってまいりました。

  そういった意味では、委員会のみならず、中央教育審議会の答申を踏まえ、そして、与党における協議会、検討会の最終報告も踏まえ、また、各地で行われてまいりましたタウンミーティングやあるいはフォーラムで賜った御意見も踏まえ、そういったものも踏まえた上での今回の提出でございます。

  教育基本法は、こういった御議論を踏まえた上で、今日我が国が抱える教育の上でのさまざまな課題、今さら申し上げるまでもないと思いますが、そういった課題について、新しい時代の教育の理念を明確にするとともに、これまでの教育基本法のすばらしい理念を継承しつつ、教育の構造改革、教育改革を抜本的に進めるための基本的な理念を明らかにするべく提出をさせていただいたものでございます。

  したがって、私としては、このような趣旨に御理解をいただきまして、この法律について、国会において十分な御審議をいただくとともに、同時に、速やかに国民の期待に沿って多くの委員の皆様に御賛成をいただけることを期待いたしているものでございまして、そのために全力を尽くしてまいりたいと存じますので、何とぞ、岩屋委員におかれましても、御協力また御推進のほど、お願いを申し上げます。

○藤村委員

 岩屋委員の御質問にお答え申し上げます。

 岩屋委員の教育基本法改正促進委員会における日ごろの御活動に敬意を表します。私どものメンバーも何人も参加をさせていただいておりますし、また、最高顧問に西岡参議院議員も入っている、こういうことを聞いております。

  そこで、今おっしゃった件、多くの議員の賛同を得てということで、特に憲法に準ずるというようなことであれば、憲法は三分の二で発議権でありますが、本当に多くの議員の賛同を得て、この教育基本法が今後五十年、六十年の日本の教育を築く基礎として成り立っていくという意味で、全くその御意見には賛同いたします。

  我々は、やはり、国民的な議論も含めて、国会において本当に大半の議員の賛同を得てできることが最も望ましい、このように考えておりますし、そのように努力すべきであると思います。

  ただし、民主党案と政府案という、今出ている二つだけについて申しますと、例えば入り口のところで、政府案は全部改正という現行法をベースにした改正案でございますが、民主党案は新法という形で、そういう意味では、その入り口のところから非常に、形からまず違うということがございますし、今後の審議でこれは徹底して明らかにしていく必要がございますが、おっしゃるその小さな相違、小異なのかどうか、この辺はぜひとも今後の審議で徹底して御審議をいただきながら解明をお願いしたいと思います。

  以上でございます。

○岩屋委員

 今もお話がございましたが、これは憲法に匹敵するような重要法案でございます。したがって、また、国づくりの基本は人づくりでございますから、それに関する根本法でございますので、できる限り多くの政党、できる限り多くの議員、また大多数の国民世論の賛同、支持を得てつくり上げることが私は大事だ、こう思っておりますので、そういう気持ちで私もこの審議に臨ませていただきたいと思っております。

 自民党の中の議論もなかなか最後まで厳しい議論が続きました。私も声を大きくさせていただいた者の一人であったわけでございますが、というのは、やはり、かねてから言われております三点について、必ずしも表記が十分じゃないのではないかということをめぐって最後まで厳しい議論が続いたわけでございます。
一つは、愛国心の涵養ということに関する表記について。それからもう一つは、宗教的情操の涵養というものの表記について。もう一つは、いわゆる不当な支配という表記が残されたことについて。これをめぐって非常に厳しい議論を最後まで闘わせたわけでございます。

 したがって、この三点について、これから審議の中で我が党の同僚議員からもいろいろな意見が出るだろうと思いますが、私は、最初に申し上げたように、相違点を浮き彫りにする、民主党案と政府・与党案の相違点を浮き彫りにしたいというよりも、できるだけ共通点を見出したい、そういう気持ちでお伺いをしていきたいと思いますので、その旨御了解をいただいた上で、建設的な御答弁をぜひお願いしたい、こう思います。

 まず愛国心についてですけれども、一昨日、心と態度はどう違うのか、こういう議論がなされました。池坊先生から広辞苑の意味について御紹介もあったりしたわけですが、英語で言うとどうなるんでしょうかね。小坂大臣は非常に英語が御堪能なんで御存じかとも思うんですが、どう言うんでしょうね。心はスピリットかあるいはマインドか、態度というのはアティチュードということになるのか。いずれにしても、スピリットがあって、それがアティチュードにあらわれる、そういうふうに普通了解するんだというふうに私は思いますが、政府の説明では、態度というものの前提には心がある、したがって、態度というものは心も包含している、多分こういうお考えだろうと思うんですね。しかし、それと、やはり心というものはきちんと表記されるべきだという考えも一方にある。

 ただ、私はこういう議論に余り拘泥するのもいかがなものかなというふうにも感じておりまして、いっそのこと、心と態度を養うと書いてしまった方がもうわかりやすいんじゃないかと、そんなふうにも思うわけです。

 あえてお伺いしたいと思いますが、政府案があえて心というのを使わないで態度としたのはなぜか、心と書いたら何が問題なのか、そこをちょっと聞かせていただきたいと思います。

(中略)

○岩屋委員

 今まではそういう書きぶりがなかった教育基本法に、しっかりと教育の目標の中にきちんと位置づけたということなので、笠さんはつけ足しのようにとおっしゃいましたが、政府・与党案はそういう意図ではないということは御理解をいただいておきたいと思います。

 それから、今、民主党提出者さんがおっしゃったように、前文というのは非常に大事だと思うんですが、民主党案の結語は、「新たな文明の創造を希求する」、こう書いていますね。大体、文章というのは一番最後が一番大事なんですね。この「新たな文明の創造」というのはいまいちちょっとよくわからぬのですね、私、意味が。これは一体何を意味しているんでしょうか。

○藤村委員

 私たち非常に高邁な理想を掲げたということでございますが、余りたくさんのこと、今時間もそんなにございません、申し上げませんが、二十一世紀の今の日本やあるいは世界、特に先進国間においては、これまでの物、金を追い求めてきた物質文明主義への相当な反省がある、そして、やはり大きく転換が必要だ、これは共通の理解だと思うんですね。

  一つの例でいいますと、情報ネットワーク社会などというものが出現しておりますが、あるいは、日本でもこのところ非常に強く言われるのは、やはり文化の香り高い国をつくりたいということなど、すなわち、新しい社会を創造することが我々の新しい理念として求められていると考えます。さらに、当然引き続き、人間の尊厳や平和あるいは共生などの前文に盛り込んだ価値というものは、これはさらに高め発展させることが求められている。

  それらを調和して、民主党案の方では新たな文明という言葉を使いましたが、これは今から創造をするものでありますので、現時点でその新たな文明は何かと確定しているものではありませんが、世界の中の日本の立場で、これら求められる新しい社会や価値を探求し創造すること、このことが必要だと訴えたわけで、そのためにこそ人間の育成、すなわち教育の成果に依存すると考えております。

○岩屋委員

 言わんとされることは理解をしましたが、ただ、私はやはりこの言葉にはちょっと違和感があるんですね。やはり新たな文明の創造というのは、まさに教育の成果、国民の皆さんのさまざまな営みの集大成としてでき上がったものを他者によって評価されるものだというふうに思いますので、ここに、必ずしも意味が判然としないものを結語に置いているということについては、ちょっと私は違和感があるということを指摘させていただきたいと思います。

  それから、愛国心の涵養について政府の御見解を聞きたいんですけれども、一昨日の議論の中で評価のことが問題になりました。私は、やはり内心の自由の問題について、特にこの愛国心の問題については、学校で教えてくれればいい、きちんと教えてさえくれればいい、こう思っておりまして、それを、目安をつくって生徒個々人を評価するというのは、私は必ずしも適切ではないと。だから、共産党さんが紹介されましたが、もうあんな通知表はないんだということですが、ああいう福岡県の通知表にかつて見られたようなやり方は不適切だ、私もこういうふうに思っているんです。

  そこで大臣にお伺いしたいんですが、この教育基本法が成立した場合、愛国心、正確に言うと、政府案では郷土や国を愛する態度は、学校現場でどのように教えられることになるのか、また、評価というのはどういうふうに考えておられるのか、聞かせてください。

(中略)

○岩屋委員

 民主党さんにもちょっと聞きたいんですが、民主党の幹部の先生は、鳩山先生だったと思いますが、他国を尊重するといえば、北朝鮮の現体制をも尊重せよということになるということをおっしゃっていますが、私はちょっと次元が違う話なのではないかなと思うんですけれども、今でもそういうお考えですか。

○藤村委員

 鳩山幹事長の言葉を今一部とられたわけで、政府案の二条の五の「他国を尊重し、」に対する発言であったと理解しております。この法文をさらに読むと、「他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する」ということでありますので、他国という言葉が具体的な一つの国を言っているのではないということは理解はできます。

  ただし、尊重というのは、とうといものとして重んじるという意味でありまして、中学生ぐらいになれば、では今の北朝鮮やそういうことも尊重するように教えられるのかという素朴な疑問を生じさせる可能性はあると思うんですね。このことは、やはり大人の論理で、それは次元が違うことだというのは論理ではございますが、やはり教育の主体である子供の視点から、この教育基本法も一つ一つ言葉を選んで、我々は注意深くつくっていきたいなと考えておりまして、民主党案においては「他国や他文化を理解し、」というところにしたわけでございます。

○岩屋委員

 ただ、これはまさに教育の基本法でございまして、この文脈の中で言う「他国を尊重し、」というのは、何も他国の統治形態に対する是非の判断、そういう価値判断を含む言葉ではないと解するのが私は普通なのではないかなと思いますので、そのことを指摘させていただきたいと思います。

  時間がなくなってきましたので、それでは、宗教的情操の涵養について、それぞれ一点ずつお伺いして終わりたいと思います。

  与党の協議の中では、学校で教えられるのは、あくまでも宗教に関する一般的な教養にとどめざるを得ない、宗教的情操というのは、特定の宗派を信仰したときに初めて得られるものであるから、そういう言葉遣いは適切ではないのではないかという判断があの与党協議の中ではされたんだろうと私は拝察をしておりますが、ただ、宗教に関する一般的な教養を教えるのは何のためか。最終的にはやはり宗教的情操というものを身につけてもらいたい、こういう心で、学校でもちゃんと尊重し教えよう、こういうふうになったわけなんでしょうから、私は、まさに教育の目標として、宗教的な情操を涵養するということをしっかり書いていいんじゃないか、こう思っておるんですが、政府案はなぜこの一般的な教養ということにとどめたのか、情操と書くと何が問題になるのか、これについてのお考えを聞かせていただきたい。

  それから一方、民主党の方は宗教的感性という言葉を使っていますね。私、余り聞かない言葉だと思うんですが、その宗教的感性という言葉の意味するところは何か、宗教的情操というのとどう違うのか、それぞれお答えいただきたいと思います。

(中略)

○稲田委員

 幾らすばらしい基本法ができたとしても、それが実際に教育現場で生かされなければ何もならないので、そういった教育振興基本計画、期待しておりますので、よろしくお願い申し上げます。

  では次に、民主党案についてお伺いいたします。

  民主党案につきましては、前回、総理も前文の一部を読み上げられて、なかなかよくできているというふうに評価されていました。私も、例えば「美しいものを美しいと感ずる心を育み、」とか「祖先を敬い、子孫に想いをいたし、伝統、文化、芸術を尊び、」などという表現については、素直によい表現だなというふうに思います。
ただ、先ほど指摘もありましたように、日本を愛する心といった場合、何で日本というそういうよそよそしい表現を使うのか。国とか祖国とか祖国日本とかそういう言葉を使えばいいのに、大阪や広島の教育現場では、国語と言わずに日本語というふうによそよそしい表現を使うということが問題になっておりますので、それと共通したようなものを私は感じるということでございます。

  ただ、前文にそのような愛国心というものを書きながら、なぜ本文に書かれないのか。民主党の第一条の教育目的を見ると、前文に書かれたそういったすばらしいものが全く生かされていないと思うわけです。むしろ、ちぐはぐと言ってもいいのではないでしょうか。例えば、「日本国憲法の精神に基づく真の主権者として、」の何たらかんたらの人材というのは一体どういった人なのかということが全くイメージとして浮かばず、そういった前文で書かれた具体的なものが全く本文のどこを見ても私は感じられないので、その点が非常に疑問に思うわけです。

  質問なんですけれども、なぜ、日本を愛する心を涵養するというような前文で書かれた愛国心が本文の目標、目的の中にきちんと書き込まれなかったのか、その点について簡潔にお答えください。

○藤村委員

  稲田議員にお答え申し上げます。

  立法者の意思ということでございます。我々は、前文というものは、まさに、非常に広い意味での教育、その意味で「広義の教育の力」という言葉も使っておりますが、非常に広い意味での教育についての理念を申し上げたところであります。

  一方、条文というのは、これは、国や地方公共団体が行う、まさに、広い意味の教育の中の一部の教育についての基本をずっと定めてある、こういうことでございます。

  それで、日本を愛する心については、既にもう平成十年告示の学習指導要領において、例えば小学校六年の社会で「国を愛する心情を育てる」とあり、あるいは五年、六年の道徳においても「郷土や国を愛する心をもつ。」とあって、具体的な、つまり、指導面において既にこれはある意味で定着しているわけであります。

  ですから、わざわざ何も条文で云々ということでなしに、我々は、基本の、まさに人間を育成すると前文には書いてありますが、その人間を育成するまさに精神、理念のところでそういう要素が必要であって、この前文すべてが、どんな人間を育成するかということについて触れているということでございますので、我々は、立法者の意思としては、前文あるいは前文からおりてきた条文という考え方ではないわけでございます。

○稲田委員

  しかし、たとえそんな立派な理念であっても、その理念がきちんと基本法の目標、目的、一条、二条に書き込まれなければ何にもならないんじゃないかというふうに私は思います。

  そこで、資料一、二なんですけれども、例えば朝日新聞によれば、前文に書かれて本文に書かれなかった意味について、条文にあるよりは強制力が弱いと民主党は説明すると書いてありますし、毎日新聞によれば、「条文に書き込めば内心の自由の規制につながる」というふうに書かれているわけですけれども、前文に書くのと本文に書くのとでは、その強制力が弱いとか、そういった内心の自由の規制につながらないとか、そういう何らかの違いの配慮を認めて本文に書かれなかったのではありませんか。

○藤村委員

  新聞がどのように評価されるかは、それぞれ新聞社のお考えだと思います。

  私どもは、強制力については、まずこれは、一般、共通して理解されていると思いますが、愛国心というものをそもそもこれは強制して押しつけて教えるものでないというのは、これは皆さんおっしゃることでありまして、当然そういう種類のものであるということでございます。

  そういう意味では、強制力云々という話は、そんなことはない、総理大臣もこの前、そんなものは押しつけて教えるものではないとおっしゃるとおりでありまして、我々もその考え方に賛同しております。

○稲田委員

  そうしますと、朝日新聞による、強制力が弱いと民主党は説明したというのは、これは誤報ですね。まあいいです。

  それで……(発言する者あり)誤報なんですね。

○藤村委員

  朝日新聞に聞いていただくのが正確を期すと思いますが、報道ですから、いろいろな新聞社がいろいろなふうに報道されていることは、これはもう皆さん御承知のとおりでございますので、誤報とかなんとかいうのを私の口から言うのも、また、そういうだれかが言ったことを報道されたということなのかもしれません。そういうふうに受けとめている方もいるのかもしれません。我々は、立法者の意思としてそういうことを考えたわけではございません。

○稲田委員

  そういうふうに説明されたかどうかという事実関係ですので、民主党が説明したかしていないかという問題だと思います。

  NHKの「日曜討論」でも、保坂委員の質問に答えて西岡先生が、強制力を伴うのではないかという質問に対して、そうした心配があるので、私どもはあえて前文で理念として盛り込むことにしたというふうに答えられておりますので、そういった意味では、強制力が弱いと判断して前文に盛り込まれたというのではありませんか。

○藤村委員

  まず、強制力について、そういうものは我々は全く想定しておりません。国を愛する心を押しつけて、強制して教えるべきものでないということは、もうこれはそのとおりの理解でございます。そしてまた、実際の具体の場面においては、先ほど申しましたように、学習指導要領においてきちんとまさに教育の現場では教えられているということでございますので、強制力が弱い、強いというのは、法制局にもちょっと聞いていただいたらいいと思いますが、その差は、我々、そんなに意識して立法者の意思としてここに前文に入れた、条文に入れなかったということはございません。

○稲田委員

  そうしますと、今までの御説明とは違って、強制力については、前文でも本文でも差異はないというふうにお伺いいたしておきます、きょうの御答弁については。

  では、衆議院法制局に聞きますけれども、前文に書くのと本文に書くのとでは法的にはどのような違いがあるのか、ないのか。また、法的に違いがあることが具体的にはどのような違いになってあらわれるのか。その点について御説明をください。簡潔にお願いします。

(中略)

○牧委員

  確かに、それは言うとおりだと思います。中教審の答申に、「戦後の我が国の教育は、教育基本法の精神に則り行われてきたが、制定から半世紀以上を経て、社会状況が大きく変化し、また教育全般について様々な問題が生じている今日、教育の根本にまでさかのぼった改革が求められている。」こういうふうに述べております。また、「現行法には、新しい時代を切り拓く心豊かでたくましい日本人を育成する観点から重要な教育の理念や原則が不十分であり、それらの理念や原則を明確にする観点から見直しを行うべきである」とも述べております。

  そこで、冒頭の質問ともちょっとかぶる部分もあろうかと思いますけれども、この後で述べた部分、教育の理念や原則が不十分だ、「日本人を育成する観点から重要な教育の理念や原則が不十分であり、」という部分のその「理念や原則」というのは、一体どういうことを言っているとお考えになるか。これは、政府側と、法案提出者の方にもお聞かせをいただきたいと思います。

○小坂国務大臣

  一つは、今局長が答弁させていただきましたように、国民全体で、すなわち教育の一番のもとは家庭でありますけれども、同時に、学校、地域、それらが一体となって教育について考え、そして、それを実現するための努力を行っていくことが必要だと思っております。

  今回の教育基本法の改正に当たりまして私どもが原理原則として重視をしておるものの幾つかを述べさせていただきますが、我が国の未来を切り開く教育が目指すべき目的や理念、この中には、知徳体の調和がとれ、生涯にわたって自己実現を目指す自立した人間ということ、また、公共の精神をたっとび、国家、社会の形成に主体的に参画する日本人、また、我が国の伝統と文化を基盤として国際社会を生きるたくましい日本人の育成を目指し、引き続き改革を進める必要があるということであります。

  こうした観点から、今回の改正においては、これまでの理念に加えて、豊かな情操と道徳心、創造性、公共の精神、生命、自然の尊重、伝統と文化を尊重し、我が国と郷土を愛する態度などが重要と考える理念というふうに考えまして、これらを新たに規定することとしたものでございます。

○藤村委員

  牧委員にお答え申し上げます。

  昭和二十二年にさかのぼってもう五十九年になるんでしょうか、現行教育基本法がどういう役割を果たしてきたか、あるいは今何が問題かということの議論を始めていただいたことに敬意を表したいと思います。

  現状認識というか、今何が必要かということを考えるに当たって、我々は中教審答申による提言のもとで立法したわけではございませんが、そのやはり新しい理念、そして新しい原則、中教審答申では現行法に若干足りないのではないかともおっしゃっておりますが、そのことをやはり最初に我々は基本的に考えたところでございます。

  そして、民主党案においては、前文で、まさに理念一色ということではございますが、今前文を読んでいると長いものですから、少し簡略化して申し上げたいと思いますが、我々が直面する課題が、自由と責任においての正しい認識、また、人と人、あるいは国と国、宗教と宗教、人類と自然との間に、ともに生き、互いに生かされるという共生の精神の醸成が必要であるという現状認識でございます。

  そして、もちろん、現行憲法のもとに我々の目指す教育というのを理念として掲げているのは、人間の尊厳と平和を重んじ、生命のとうとさを知り、真理と正義を愛し、美しいものを美しいと感ずる心をはぐくみ、創造性に富んだ、人格の向上発展を目指すこととし、また、さらに続けて、自立し、そして自律の精神を持ち、ちょっとリツの字が違いますが、個人や社会に起こる不条理な出来事に対して連帯して取り組む人間性と公共の精神を大切にすること、さらに加えてもう一つ、人間像でありますが、日本を愛する心を涵養し、祖先を敬い、子孫に思いをいたし、伝統、文化、芸術をとうとび、学術の振興に努め、他国や他文化を理解し、そういう人材育成、人間育成をもって新たな文明を創造したい、これが理念でございます。

  そして、原則ということもお尋ねがございました。原則はそんなにたくさん挙げるわけにはいかないんですが、まず一つは、我々の今回の新しい法律において、憲法二十六条の教育を受ける権利を具体化するために、学ぶ権利の保障、それから、適切かつ最善な教育の機会及び環境の享受など、教育を受ける側の視点に立って取り組むこと、二番目に、世界人権宣言あるいは児童の権利に関する条約など、子供や教育に関するさまざまな国際条約にうたわれている原則を踏まえたものとすること、三番目に、命の問題、あるいはニート問題、インターネット社会の問題、現代的な問題でありますが、かつ、これは将来にかかわる大きな問題だと考え、これらに十分配慮をすること、そして四番目、最後でありますが、新しい時代に即した教育行政の考え方を我々なりに提示し、学校を中心とした運営の確立と、そして、最終的にはやはり国の責任を明らかにしたい、この四原則をもって今回の立法に当たりました。

○牧委員

  御丁寧な説明、ありがとうございます。

  理念と原則についての御説明を受けたわけでありますけれども、特にその理念の部分というのは、これまでの教育改革国民会議あるいは中教審における議論というのも、広く国民にも一定のところまでは知れ渡ってきた、ある程度の普及はしてきたと思うわけでありますれども、やはり私は、そういった理念の国民に対するメッセージ性というのも、多分にこれは重要な、特にこの法律については重要であろうと思うわけで、その意味で、この政府案、現行法と比べてそのメッセージ性にちょっと乏しいかなという感もあるんです。

  政府案は現行法の改正という形をとっております。民主党案は新たな新法という形をとっておりますけれども、例えば、そういった理念を条文の中で追加するだけで本当に国民の理解と共感というものが得られるのかどうなのか。そこら辺の国民に対するメッセージ性も含めて考えたときに、どのようにお考えになるか。やはりまたそれぞれ意見をお聞かせいただきたいと思います。

○小坂国務大臣

  私ども、今回を教育基本法の一部改正案とせずに、教育基本法の改正という中でこの全部改正を提案させていただきました。それはすなわち、委員がおっしゃるように、新たなメッセージ性を持った形で伝達をしようとする場合、一つは、法律の名前を変えて提案するというのも確かにあると思います。しかしながら、従来の中で、今日も大切にされた理念は継承としつつも、新たに加えるべきものを加え、そして全体を眺めたときに、並べかえたりあるいは強調したり、まさに委員がおっしゃったようなメッセージ性を持たせるためには、全部改正という形をとりながらも、やはり、これは教育の基本をうたったものであるということで、教育基本法という名称をそのまま使うことが適当である、こう考えたわけでございます。

  戦後の我が国の教育は、現行の教育基本法の精神にのっとって行われてきて今日の発展に至ったと思っております。そういった意味から、教育の現状と課題と、そして二十一世紀の教育の目標を踏まえて、そういった上で、今申し上げたように、個人の尊厳、人格の完成、平和的な国家及び社会の形成者などの普遍的な理念は今後とも大切にしていく。しかしながら、同時に、二十一世紀を切り開く心豊かでたくましい日本人の育成ということを考えるならば、公共の精神の尊重、豊かな人間性と創造性、伝統の継承などの意識や態度を涵養するとともに、生涯学習社会の実現などの理念を明確にすることが必要だ。そして、大学や私立学校の振興、家庭教育、幼児期の教育、学校、家庭、地域の連携など、現代において必要とされる条項を追加することなど、さまざまな改正追加を行ったところでありまして、このような新しい時代の基本理念というものを明確にするためには、そしてなおかつ、国民全体の共通理解を図る、そして国民全体による教育改革を進める、こういうことを考えまして、我が国の未来を切り開く教育の実現を目指すための教育基本法であるということを提案させていただいたところでございまして、これに基づきまして、広報活動とともに、教育振興基本計画というものを策定することを提案させていただきました。

  この教育振興基本計画によりまして、新しい教育基本法に基づく教育改革の推進のための準備としてしっかりとこの予算も確保し、そして、これらの基本法の改正に伴う周辺法律の整備、また教育振興基本計画等をにらみながら、私を本部長とする教育基本法改正プロジェクトチームというものも文部科学省の中に設置をいたしまして、この法案の広報など、国民に広く訴え、理解を求めるための組織固めもしているところでございます。

○藤村委員

  メッセージ性ということでございますが、政府の場合は全部改正ということで、その辺がちょっと弱いのかなと思いますが、私どもは、やはり新しい新法ということでございます。今小坂大臣もおっしゃった、名前を変えるというヒントがありましたが、我々は、日本国教育基本法、新法でございます。

  そういう意味では、大変この点においてもインパクトがあろうかと思いますが、先ほどもお答えしましたが、何より、ここにうたったその原則が、非常に現代あるいは近未来に即したもの、例えば、先ほど申しました、きょうまで長年議論をされた学習権、学ぶ権利というものを、これは憲法から来ているわけですから、やはりきちんと今回位置づけたということ、あるいは世界人権宣言、児童の権利条約など、国際社会の中での大きな共通項目、これを大きく取り入れたこと、それから現代的な問題、そして近未来にかかわる命のとうとさの問題や、あるいはニートなど新しい課題、そして、大きく時代を変えようとしているインターネット社会、これらにどう取り組むかなど新しい課題にも配慮したこと、それら大変新しいものをもってインパクトを与えるのみならず、先ほど政府もおっしゃいましたが、やはり旧来の伝統文化などなど、これは理念の部分で先ほど申し上げましたとおり、これもきちっと今後さらに発展させていきたい、こういうことで、大きなインパクトをもって今後皆様にまた周知、説明していきたいと思います。

○牧委員

  ありがとうございました。

  私がどうしてこういうことを聞いたかというと、やはりこの法律は憲法に準ずる法律であるというその重要性というのは、ただ単に言葉だけで憲法に準ずると言っているんじゃなくて、やはりすべての国民にかかわる法律であると。与党案では「人格の完成を目指し」、我が党は「人格の向上」という表現になっていたと思うんですけれども、いずれにせよ、私たちがこの世に生を受けて、どういう中に価値を見出し、どういう目的を持って生きていくのかということすべてにかかわってくる問題で、これは必ずしも子供たちの教育だけの問題ではないわけで、言葉を置きかえれば、日本人としての生きる規範というか、そういったものが一つでき上がる。そういう意味から私は、国民に対するメッセージ性というのも非常に重要であろうという観点から今質問させていただいたわけで、もう一つ言えることは、この法律の内容もそうですけれども、その成立過程、これはやはりきちっと大事にしていただく必要があろうと思います。

  中教審における議論の中でも、公聴会やらその他、そういったことに努めてこられたと思いますけれども、私は、今回の政府案のこの国会への提出のタイミングやら、あるいはその出方等々を考えたときに、正直、唐突という感を否めないわけでございます。これは、恐らく与党の議員の皆さんも、少なからずそういう感を持っている方がいらっしゃるんじゃないかなと私は思いますので、あえてちょっとここで、この法律がここに提出されるに至った経緯、それを簡単にちょっとそれぞれ、民主党案も出されておりますから、民主党の法案提出者の方からもお聞かせいただきたいと思います。

(中略)

○山口(壯)委員

  では、もう一遍言いましょう。

  民主党に伺います。大串さん、頼みます。

  今、国の責任ということについて私は議論を始めたわけですけれども、今回、民主党の出された日本国教育基本法案の中で、普通教育に関して、国はどういう責任を負うというふうに規定されようとしていますか。

○藤村委員

  私どもは、普通教育において、国が最終的に責任を持つという基本的な態度でございますが、その意味は、まず教育は基本的に、一番子供たちや学校、地域に近いコミュニティーのところで基本的な運営が行われるということが理想であります。その意味では、法律の中に、学校理事会を置く、こういうことを決めております。これは全く新しい考え方だと思います。

  さらに、小学校、中学校、義務教育段階においては、設置者は市町村ですよね、だから、市町村における長が地域における教育の責任を持つということを決めております。今までの教育委員会ではなしに、市町村の長、これがいわゆるレーマンコントロールになろうと思います。選挙があります。

  一方、国はというときに、国の責任は、一つは機会均等ということがあろうと思います。これはすなわち、背景はお金。私、先日の質問でも図を示して申し上げましたように、教育の、特に義務教育費が全体で十兆円ぐらいですが、その七五%は人件費であります。そのまさに人件費、この基本の予算の確保という部分で国がきちっと責任を持つということ。

  それからもう一つは、水準の維持ということがございます。これが学習指導要領であったり、検定制度も一つかもしれませんが、国のナショナルスタンダードを、これはやはり国が責任を持って決める。

  大きく地方分権という単純な言い方ではなしに、教育の場合、やはり基本的に学校が主体となって自主自律の運営をしていただくけれども、そのまさに環境をつくるのは最終的に国の責任、こういう書き方、理念でございます。

○山口(壯)委員

  金は出すけれども口は出さない、こういう言い方にもなろうかと思います。

  ところで、大臣、政府案では、今回この点についてどういうふうに定められようとしていますか。

(中略)

○山口(壯)委員

  国が普通教育に関して最終的責任を負う、これが民主党案の内容です。しかし、このことは、今、小坂大臣が心配される、例えば内容に関してまでいろいろ国が言うということとは少々違う規定に民主党の案ではなっていると思うんです。

  そういう意味で、民主党案としてはどういうふうにその点を配慮して書かれているか、御答弁いただけますか。

○藤村委員

  一般的な地方分権というイメージと、教育については私は相当新しいイメージを想定しないといけないと思うんですね。

  私どもの今回の法律の第十八条において、四項なんですが、「地方公共団体が設置する学校は、」公立の学校ですね、「保護者、地域住民、学校関係者、教育専門家等が参画する学校理事会を設置し、主体的・自律的運営を行うものとする。」というものを法文に書き込みました。すなわち、コミュニティ・スクールもその一つではありますが、学校運営、特に子供に一番近い学校運営について、これら四者の自主的、自律的運営をうたっております。

  一方で、第七条で、我々の方は、普通教育及び義務教育というところにおいて、「国は、普通教育の機会を保障し、その最終的な責任を有する。」としておりますが、さらに続いて、「国は、普通教育に関し、地方公共団体の行う自主的かつ主体的な施策に配慮し、地方公共団体は、国との適切な役割分担を踏まえつつ、その地域の特性に応じた施策を講ずるものとする。」

  ですから、政府案における国と地方の連携というのは当然のこととしてここに書き込んだ上に、でも、やはり最終的に国ですよということを、国が最終的な責任を有するというところであらわしたところでございます。

○山口(壯)委員

  非常によく整理されて、本当にありがとうございます。まさに法制局との議論の話ですね。例えば、小坂大臣、今大臣の心配されたことというのはああいう形でもって進められるわけです。

  せっかくだから、仲のいい馳さんに、ずっと座っておられるばかりだろうから。

  どうですか、馳さん、こういうことで、これからの二十一世紀の教育を開いていくときに、家庭というものが一つの責任をさらに負うということを我々は大事にしながらも、家庭に手の届かない教育の環境を整備するというところは、地域によって格差がないように、あるいは家庭によっていろいろ状況が違う中で、最後はやはり国が面倒を見てすべての子供にチャンスを与えたいなというところを私は今一生懸命大臣と議論していたわけですけれども、馳さんは、この法案を準備される中でどういうふうに思われますか。

(後略)

 

 

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