第164回  06年5月31日

 教育基本法改正の質疑において
 民主党案『日本国教育基本法案』の提案者として答弁に立つA

教育基本法に関する
特別委員会

 

(前略)

○鷲尾委員

  大臣からそのようにお答えいただきまして、大変ありがたいと思っております。

  ちょっとこれは自説を開陳させていただきますけれども、日本国憲法も現行の教育基本法も、結局は敗戦の混乱と占領による圧力のもとで成立したのでありまして、そこにはまだやはり歴史の浅いアメリカという国の国家観とか個人観が充満しているものであります。

  皆さん御存じのように、アメリカは、イギリスの税制を嫌ったピューリタンがゼロからつくった国でありまして、アメリカ式で見れば、国家とは、当然自立した個人が新しくつくるものであります。しかし、日本にはやはり悠久の歴史があるわけで、私は、新しく国家を建設すると言われると非常に生理的な嫌悪感を覚えるわけです。むしろ、国家とは、祖先から受け継いで、子孫にしっかりと受け渡すものである、しかも、よりよくして受け渡すものである、私はそう確信しております。それが、今を生きる我々の世代の責任であるというふうに思っております。

  と考えるのであれば、今の民主的で文化的な国家をさらに発展させるというよりも、むしろ、民主党案にあるように、祖先を敬い子孫に思いをいたしながらという、そういう文言に素直にあらわれているように、教育は受け継ぎ受け渡すという認識に立つことを明確にされている。巷間、政府・与党の案と民主党案というのは、何か、同じようなものであるというふうな、そういう報道もありますけれども、基本的な設計の考え方というのはこの一点でもって違うというふうに私は思うわけでございます。

  そこで、民主党の提案者にも御質問いたしたいと思います。前文にある、祖先を敬い子孫に思いをいたすというのは、具体的にどういうことなんでしょうか。

○藤村委員

 今、鷲尾委員の憲法及び教育基本法に関する御自身のお考えを伺いまして、我々も同感するところは多いんでございますが、我が国が、二千年以上の長きにわたる、海に囲まれた地形で、そういう影響もあったとは思いますが、他の国々あるいは他の文明とは相当異なる、固有の文化、伝統をはぐくんできた、このように考えています。

  さらに、私ども、特に日本語という言葉にちょっと注目をしておりますけれども、これは外国の人、何カ国の人からも、非常に美しい言葉というふうに聞かされたことがあります。みずからはよくわかりませんが。そういう日本語を使う国というのも、またこれ日本唯一であります。そんなことから、私ども、日本語のことについては少しこだわりを持ち、我々の日本国教育基本法第十七条の二項で、国語力を身につけると条文にも盛り込ませていただきましたように、教育の分野での日本語の大切さを本法で提起しているところでもあります。

  さらに、風土、気候、気象、四季に恵まれ、本当に気候に恵まれてはぐくまれてきた緑多い自然もございます。これらは日本固有の文明というふうにとらえ、これを発展させてきた我々の祖先に対して敬意を払うこと、あるいはこの貴重な文明を後世にしっかりと伝えていくことは、これは教育の大きな使命である、このようにかんがみまして、先祖を敬い子孫に思いをいたしという理念を前文に盛り込ませていただいたところでございます。

○鷲尾委員

  そもそも、日本の公教育の重要な目的として、歴史感覚を身につけた日本人、これを育てるということが今まですっぽり抜け落ちてきたというところに、日本人のたたずまいの美しさですとか美意識を喪失させる要因があったというふうに私は思うわけでございまして、その意味で、具体的に祖先を敬い、子孫に思いをいたすということを教育上で反映させていただきたいと思うわけでございます。ぜひこれを政府・与党にもお願いしてまいりたいというふうに思うわけでございます。

  さて、次の質問に移りたいと思います。

  政府・与党案については中教審の答申をベースに何回も討議されたということでございますが、その中教審の答申との関連で質問させていただきます。

  まず、政府・与党案の前文、そして第二条、教育の目標にあります、これは第三項になりますでしょうか、「正義と責任、男女の平等、自他の敬愛と協力を重んずるとともに、公共の精神に基づき、主体的に社会の形成に参画し、その発展に寄与する態度を養うこと。」とあります。この中にある公共の精神に基づいて主体的に社会の形成に参画しというところについてお聞きしたいと思っております。

  中教審答申の中では「新しい「公共」を創造し、二十一世紀の国家・社会の形成に主体的に参画する日本人の育成」という項目があります。私なんかはまず「新しい「公共」を創造し、」というところでひっかかってしまうんですが、この中で「国や社会の問題を自分自身の問題として考え、そのために積極的に行動するという「公共心」を重視する必要がある。」と書いてあります。その例として、ボランティア活動、地域社会の生活環境の改善、地球環境問題、人権問題、「国境を越えた人類共通の課題の解決に積極的に取り組み、貢献しようとする国民の意識が高まりを見せている。」とありまして、続きまして、個人の主体的な意思により、自分の能力、時間を他人や地域、社会のために役立てようとする自発的な活動への参加意識を高めつつ、みずからが国づくり、社会づくりの主体であるという自覚と行動力等を育成していく必要がある、そういうふうに書かれてあるんです。

  では、大臣、お聞きしたいんですけれども、我々がこの国に生まれたことは宿命であります。その宿命に対して積極的にかかわり合うのは、ボランティア活動であり、地域社会の生活環境の改善でありといった、こういった活動なんでしょうか。私が言いたいのは、公共というものは上述した活動によってつくり出すものではないということだと思うんです。あくまでも日本の歴史、伝統の中で生きる個人として、それをどうよりよくしていくかというところから出発しなきゃいけないものだと私は思っております。この点についての大臣の御見解をお聞かせください。

(中略)

○斉藤(鉄)委員

  ありがとうございます。

  民主党にお聞きいたしますけれども、民主党案においても、日本国憲法の精神という規定がございます。その意味は何か、またその趣旨は何かということについてお伺いします。

○藤村委員

  斉藤委員にお答え申し上げます。

  今、政府の方でもおっしゃいました、やはり私どもも、日本国憲法に付随するぐらいの、あるいはそれに準ずるぐらいの、教育の基本の法律というのは重要であるし、現行に確かに書いてあるからということではなしに、やはり私どもも、今憲法を新しく提案しようという動きがあるし、そういう中で、しかし、不変のものというのは、やはり憲法前文に流れている理念であるとか、それから先ほど来の三原則の件だとか、さらに、今文科相からは言われませんでしたが、二十三条、学問の自由であるとか、それから二十六条の、教育を受ける権利、教育を受けさせる義務、義務教育の無償などを念頭に置いて、これは今後も、我々としては、憲法提言をしておりますが、変わらない、不変のものであるし、だからこそ、それはやはり、その精神にのっとってということを今回入れさせていただいておるところでございますし、また、タイトルに日本国教育基本法とつけたのは、まさに、日本国憲法に準ずるぐらいの大切な法律であるという意味合いでございます。

○斉藤(鉄)委員

  次に、前文の中にあります個人の尊厳という言葉について、政府と民主党にお聞きいたします。

  現行法にも個人の尊厳という言葉がございます。我らは個人の尊厳を重んじ、真理と平和を希求する人類の育成を期するとともに云々、政府案におきましては、引き続きこの個人の尊厳ということが規定をされております。個人の尊厳を重んじ真理と正義を希求し公共の精神を学び云々というところでございます。

  法案に、個人の尊厳、前文にですが、個人の尊厳を規定した意味についてお伺いをいたします。

○田中政府参考人

 個人の尊厳についてのお尋ねでございますけれども、個人の尊厳とは、すべての個人が、他をもってかえることのできない、人間として有する人格というものを持っておって、それは不可侵のものである、この個人の尊厳を重んじるということは、こういう不可侵の人格というものを尊重するということでございまして、憲法の基本的人権と同意、同義であると解しておるところでございます。

  教育におきまして、こうした個人の尊厳を重んじることは、憲法の精神にのっとった普遍的なものとして、今後とも大変重要な理念であるというふうに考えておりまして、現行法に引き続きまして、今回の法案にも規定したところでございます。

○斉藤(鉄)委員

 民主党案におきましては、個人という言葉ではなくて、人間の尊厳とございます。我々が目指す教育は人間の尊厳と平和を重んじ生命の尊さを知り云々でございます。ここで、現行法にあります個人という言葉ではなくて、人間という言葉を使われた理由は何なんでしょうか。

○藤村委員

  今ちょっと読んでいただきましたとおり、実は私ども、前文に人間の育成はという言葉を三カ所使っておりまして、人間という言葉に少しこだわりました。

  といいますのも、我々の日本国教育基本法において、前文というのは、非常に普遍的な、人間の育成、人づくりということになるかもしれませんが、という非常に大きな意味の、つまり教育は何かということの理念を書き込んだつもりでございます。そういう意味で、前文第一行の下の方に、広義の教育の力によってという言い方をいたしました。条文以下は、ある意味では、国及び地方公共団体などの、その意味では一部の教育を規定しているんですが、前文だけは特に人間の育成ということにこだわったものですから、人間の尊厳という言葉にある程度こだわってきたところでございます。

  なお、第一条、目的のところでは、我々は、人材という言葉を使いました。これは、一人一人の人間を育てる理念のもとに、国や地方公共団体が行う教育部分の役割、すなわち、狭い意味、狭義の教育についての目的にしたところでございます。

  また、これは我々が前から主張しておりますが、教育基本法というのがやはり憲法に準ずるし、あるいは憲法と連携したものでなければならないという主張はずっとしてきたところでございますが、昨年十月に我々民主党は憲法提言というのを出しました。ここに人間の尊厳ということを非常に前面に出してうたっている関係もございまして、今後のことを考えれば、やはり人間の尊厳。個人というのは、国、社会、個人という対比で言うわけですが、我々はあくまで人間ということに焦点を当てた、この辺が一つの特徴だと思います。

○斉藤(鉄)委員

 今の藤村さんの御説明、わからないわけでもない、人間の尊厳という言葉も非常にすばらしい言葉だと思いますが、憲法そして現行教育基本法における個の尊厳というのは、ある意味で人類の歴史の中で生み出してきた一つの普遍的な価値としての個の尊厳という使われ方だと思うんです。教育の目的も、今回は人格の完成、これはある意味では個人に着目したもの、そして社会の形成者としての資質、これは社会に注目したもの、その両方相まって初めて教育の目的が達成される。そういう中にあって、人格の完成を目指す個の尊厳という普遍的な価値を前文にきちんと入れておくということは必要なことなのかな、私はこのように思っております。

  それから、今回いろいろな議論の中で、個人の尊厳とか、今の憲法また現行教育基本法について個のということがたくさん言われているけれども、いわゆる社会的責任という言葉が少ないのではないかというような議論もございましたが、基本的に、憲法もそして教育基本法も、名あて人はやはり国家であり統治機構だと思います。その権力に対して、これ以上のことはしてはいけませんよ、できることはここまでですよということを書いてあるのが憲法であり、また教育基本法の基本的な性格だ、このように思いますので、憲法や教育基本法の中に個の尊厳ということがたくさん出てくるのは自然なことだ、私自身はこのように考えております。

  次に、第五条、義務教育について質問をさせていただきます。

  現行の第四条は、本当に簡単にしか書いていないわけです。「国民は、その保護する子女に、九年の普通教育を受けさせる義務を負う。」「国又は地方公共団体の設置する学校における義務教育については、授業料は、これを徴収しない。」ということだけが書いてございますが、今回、政府案におきましても民主党案におきましても、では義務教育で何をやるのかということが書かれている。これは、私は、ぜひ今回の改正の一つの大きなポイントで、なさねばならないことだと思っております。

  この新しい教育基本法の案に義務教育の目的が規定されました。この規定を受けて、今後関係法令の整備が必要である、このように考えますが、大臣の御所見を伺います。

(中略)

○奥村委員

  これは教育基本法の教育というものにかかわりますから、そういうことを、あえて私は胎教についてお聞かせをいただきました。

  そこで、もう時間がありませんが、民主党の提案者にお伺いをいたしたいと思います。

  以前もお聞きになった方もあるわけなんですが、前文の中に、日本を愛する心を涵養し云々という表現があるわけなんですが、これについてお伺いをいたしたいというように思います。

○藤村委員

  胎教から一気に日本を愛する心ということで御質問でございますので、我々の考え方というものを簡単にお答え申し上げます。

  日本を愛する心を健全な形で、そして自然な結果として我々自身が持つことというのは当然のことだと考えます。ただ、そうした心というのは、決して上から強制されて身につくとかいうものではないし、また一方的にこれは押しつけられる教育であってはならない、このこともまず共通の理解だと思います。だからこそ、国民一人一人に自然に培われることが望ましいとの思いから、私たちは、心を涵養しという、ちょっと難しい漢字ではございます、これは、水が土の中に自然としみ込んでいくようにという言葉を前文で理念として盛り込んだところでございます。

  また、国ではなくて日本としたのは、まさしく我が国の伝統文化、さらには郷土、自然など社会的実在としての日本を、単に国というだけでなく、これまで二千年にわたって連綿としてはぐくまれてきたこの日本を愛する心を持ってほしい、そんな気持ちから書いたところでございます。

○奥村委員

  ありがとうございました。

  まさしく強制するものではないと思いますし、その心をしっかりと涵養できるような教育が推し進められることを期待いたしたいし、ぜひ民主党のそのことが通りますように、一緒になって努力をしてまいりたいというふうに思います。

  最後になりましたけれども、民主党の第六条の第一項に、発達段階及びそれぞれの状況に応じというような文言があるわけですけれども、どのような意味なのかお伺いをいたしたいというように思います。

(後略)

 

 

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