○稲田委員
今、局長の答弁では非常に遠慮がちに、抽象的におっしゃったと私は思います。
私が調べているところによりますと、例えば、国旗を舞台のカーテンの裏に隠して見えないようにしたり、また国旗掲揚の時間を早朝の非常に早い、生徒が来ないような時間に掲揚したり、それから、先生方がジャージー姿や白衣で式場にあらわれて、起立もしなければ国歌を斉唱もしない。それに対して来賓やら保護者から、あの先生方は子供たちを卒業式で送り出すそういった気持ちが一体あるのかどうか、非常に奇異だというような抗議がたくさん寄せられていて、そういった非常識な行動をとるということを前提にしてこのような細かい通達が出たということで、私は、この通達は、非常にそういった意味で仕方のない、やむを得ない通達であったというふうに思うわけでございます。
かつて、国旗・国歌法が制定されない時代がございました。私の父も京都府の洛北高校の校長をしておりまして、入学式、卒業式の国旗・国歌の取り扱いに非常に苦労している姿を見ておったわけですけれども、教職員の先生方が入学式、卒業式の前に校長室に大挙してあらわれて、日の丸が国旗である、君が代が国歌であることの法的な根拠を示せ、法的な根拠がないのであれば何でそんなものを掲揚するんだということを抗議して、そして大混乱になる。その大混乱の中で、例えば広島の校長先生が自殺をされるというような痛ましいことが起きて、そういった反省のもとで国旗・国歌法が制定されたというように私は理解をしているところでございます。
今回、このような、憲法違反である、それから不当な支配に当たるというような判決が出たことによりまして、来春の例えば卒業式だとか入学式において、東京都で、また全国の学校で同じような混乱が起きるのではないかと私は危惧をしているわけでございます。
資料三に新聞記事を用意しておりますけれども、一部のマスコミではこの判決を非常に高く評価して、日の丸・君が代の強制は違憲なんだというようなことを社説それから記事で書いているわけでございます。
もちろん、東京都はこの判決についてすぐ控訴をして、そして、今までの指導は変えないということを校長先生を集めて指導されているわけですけれども、しかし、現場で、例えば入学式、卒業式で校長先生が、国旗に向かって起立し国歌を斉唱することを教職員の先生方に要求したときに、この判決を盾にとって、憲法違反なんだ、そして不当な支配に当たるんだ、判決を守れと言って迫る、また教育現場が大混乱になるということは私は十分予想ができると思うわけでございます。
第一線でそういった勢力と孤独な闘いをされるであろう校長先生を守るということも、私は政治の重要な役割だというふうに思っております。
それで、学習指導要領の国旗・国歌条項に法的な拘束力があるということは、この判決ですら認めているわけでございます。法的拘束力があるとしながら通達が違憲というのは、私は、本当は法的にも矛盾していると思っているわけですけれども、大臣にお伺いいたしますが、この国旗・国歌条項にのっとって、教職員には、入学式、卒業式において、国旗に向かって起立し国歌を斉唱する職務上の義務があるかどうか、この点についてお伺いいたしたいと思います。
○伊吹国務大臣
先生御存じのように、国会で決めていただいた学校教育法という法律があります。そして、この学校教育法に基づいて政令があり、学習指導要領というのは、その法律の一部である。当時の文部大臣、今でいえば文部科学大臣の告示として発出されておりますから、これはもう法律の一部なんですね。ですから、これに従って学校現場の管理、指導をしていただくというのは、これは当然のことです。
○稲田委員
では、ただいまの大臣の答弁で、職務上の義務があるというふうに理解をいたします。
それでは、最大野党である民主党のこの点についての御意見を伺いたいと思います。
○藤村議員
稲田委員に対しましてお答えを申し上げます。
まず結論から申し上げます。公立の小学校、中学校、高等学校において、入学式、卒業式において、国旗掲揚、国歌斉唱について、当然のことながら、教職員がそれに従う必要があると思っております。
理由の第一は、さまざまな議論を経て国旗・国歌法が既に制定され、国旗・国歌について法律で定められているということ、さらに、その後に、数年たっておりますが、ワールドカップやオリンピックなどを例に引くまでもなく、国民の中に日の丸・君が代が定着していること。
第二に、今御指摘のございましたように、小中高それぞれの学習指導要領において、「入学式や卒業式などにおいては、その意義を踏まえ、国旗を掲揚するとともに、国歌を斉唱するよう指導するものとする。」とあることから、公立学校の教職員は、これら法律や告示等に従うことが要求されているものと理解しております。
○稲田委員
ありがとうございます。
民主党も、国旗に向かって起立し国歌を斉唱する職務上の義務があると明確にお答えいただきましたので、これで私は第一線の校長先生をお守りすることができると思っております。ありがとうございます。
それでは文部科学省にお伺いいたしますが、改正法十六条でも「不当な支配」という言葉自体は残ったわけでございますけれども、十条を改正して十六条となったことによって、この不当な支配をめぐって混乱してきた教育現場を改善することになるのかどうか、その点についてお伺いいたします。
(中略)
○稲田委員
ありがとうございます。この改正によって今までの混乱がおさまるということを期待申し上げております。
次に、民主党案についてお伺いをいたします。
民主党案の前文では、公共の精神を大切にする人間の育成、また、美しいものを美しいと感じる心をはぐくむ、日本を愛する心を涵養する、伝統、文化など、あすを担う日本人育成のための本当にすばらしい言葉が並んでいるというふうに私は思っております。論文などでは、この民主党の前文を、与党案以上に保守的、伝統的、そしてまた復古的であるというふうにも評されているところでございます。
ところが、民主党案の本文を見ますと、この非常にすばらしい前文のものが一条の目的にどこにも書かれていない。日本を愛する心とか伝統とか文化とか、日本人を育てる、そういった目標が全く本文に書かれていない。非常にちぐはぐな本文になっているというふうに思うわけでございます。
その理由は、マスコミでも指摘されていたように、前文には法的拘束力がなく本文には法的拘束力がある、そういう法的拘束力の違いによって前文と本文とを書き分けたのではないか、私もそのように感じるのですが、その点についてお伺いいたします。
○藤村議員
日本を愛する心も、また公共の精神などの精神的なものも、人間にとって至極当然の心のありようであるというふうに考えております。また、ただし、国及び地方公共団体が心や精神を一方的に押しつけるというものではなく、あるいは強制してはぐくまれるということではないことは明白であると思います。
民主党基本法案前文では、「人間の育成は、」という主語でありますが、教育の原点である家庭と、地域、学校、社会の、広義、広い意味の教育の力によって達成されるものであるとし、広い意味での教育の中において、これら心や精神が育成され、あるいは涵養されるということをうたっております。我々は、この前文にうたったまさに理念、理想の部分を、根本法でございますから、教育体系全体の法律の中で実現していけばいいのではないか。
昨日、政府答弁で、伊吹大臣は立法者の意思あるいは立法政策という言い方をされましたが、我々は前文においてこのことをうたった上で、例えば、今、日本を愛する心につきましては、平成十年告示の、先ほどもお示しいただいた学習指導要領において、例えば、小学校六年の社会で「国を愛する心情を育てる」とあり、さらに、五年、六年の道徳においても「郷土や国を愛する心をもつ。」とあります。私どもは、具体的な指導においてはこれで十分であり、むしろ、心の問題は内面の問題であることから、基本法においては、まさに理念である前文にうたうことが適当であると判断をいたしました。
なお、政府案の「態度を養う」ということが心が伴っているのかどうか、若干疑問が残るところでございます。態度は表にあらわれるものとの説明を聞くときに、それでは評価の対象にしているのではないかという疑問、疑念も生まれます。
前国会で、小泉首相は評価は求めないという御答弁でございました。それは妥当な答弁だったと思います。
○稲田委員
今の私の質問は、前文には法的拘束力がなく本文には法的拘束力があるのに、なぜ本文に書かれなかったのかという質問についてはお答えがなかったと思います。また、前文の精神をほかの法律で生かすと言うんだったら、まず基本法の本文で生かしていただいたらいいのではないかというふうに思います。
この点については、衆議院法制局に、前文と本文の法的拘束力の違いについて御説明いただきたいと思います。
(中略)
○西村(智)委員
そういう今大臣のおっしゃった解決方法といいますか防止策が、では、今回の教育基本法の中には、どこにどういうふうに反映されているのでしょうか。
○伊吹国務大臣
今回の教育基本法を通していただくことによって、今回の、と私が申し上げているのは政府提案のという意味ですが、それを通していただくことによって、国、地方が分担して教育の責任を負う中で、この教育基本法に基づく各法律というものがございますから、学校教育法あるいは教育委員会に関する法律、その他の法改正を行い、それを受けて、政令、あるいは大臣告示である指導要領、これを変えて現実にやっていくのが行政の執行の実態でございます。
○西村(智)委員
行政の執行の実態ということで今御答弁はいただきました。
しかし、どうなんでしょうか。これでは非常に時間がかかる。ことし未履修だった学生さんに対しては何らかの手だてを考えていく、そしてまた、未履修でなかった、ちゃんと学習指導要領に沿って指導を受けていた学生さんに対しても、平等なといいますか公平な手だてをとっていくということは、これは私も必要なことだと思いますが、ここのところ、多くの教育についての国民の皆さんの御意見は、やはり早急に教育のあり方を何とかしてほしい、こういうことだったんだろうと思います。基本法を変えて、それを受けて法改正して現実の施策に落とし込んでいく、これは、私たちの提案している民主党案でもそういう必要性は出てくるわけでございますけれども、いささか迂遠な感じを今大臣の御答弁を聞いていて受けました。
民主党案の提出者にお伺いいたしたいんですけれども、今回の未履修の問題です。
昨日、同僚議員の質問の中で、教育行政の責任と権限が不明確であることが今回の未履修の原因である、こういうような御指摘があったわけなんですけれども、今回の問題の原因、どういうところにあると提出者は分析をしておられますか。また、民主党案ではどういう改善策がとられることになるのでしょうか。
○藤村議員
お答えいたします。
現在調査中ということで、私学についてまだよくわかりませんし、原因がどこにあるかということについては、現時点で断定的に言うわけにはいかないとは思いますが、考えるところの一つ二つを申し上げますと、数年前から完全週五日制ということで、高校の授業の全体の枠は一つ減ったということであります。しかし、にもかかわらず幾つかの新しい項目も教科に加わっているということで、非常にたくさんやらないといけない。このことが一つの理由になるのかなとは思います。
それから、適度な競争は必要とするも、しかし、大学に進学できるいい高校のような、これは私学とも競うという部分では、やや市場原理化しているんじゃないか。私は、教育の分野では、適度な競争は必要とするも市場原理化はいけないということは、鈴木委員もこの前、文科委員会で主張されましたが、やはりその部分が市場原理化しているんじゃないかな。これも憶測ではあります。
それからもう一点、教育行政の問題として、昨日、野田委員も指摘されたように、教育の責任がどこにあるのかよくわからないという多重構造の部分にあるのではないかということで、まださらに分析を続けなければならないと思います。簡単に断定はできないと思っております。
加えて、今もう一つの御質問が、民主党の基本法で、ではどうなんですかということでありますが、今、推測の中で申しました教育行政上の問題というのは、やはり基本法に大きくゆだねられていると思います。ずっとかつてから言われているように、学校の現場で本来大抵のことができるということが理想ではあるけれども、しかし、学校は市の教育委員会、市の教育委員会は県の教育委員会、県の教育委員会は文科省というふうに、それぞれお伺いを立てたり指導助言を受けたりという関係で、ややたらい回しになる部分も多い。実は、このことの指摘は大分前からあったと思います。
かつ、加えて、教育委員会が本当にきちんと働いていただいているかどうかという点についても、それぞれの皆さんにそれぞれの御意見があると思うんですが、例えば、これは昭和五十二年、今から二十九年前でございますが、当時の福田赳夫総理大臣が当時新自由クラブの西岡武夫議員の質問に答えて、「教育委員会が形骸化している、こういう面を指摘しておりますが、そんな感じがしないわけでもありません」と、総理大臣答弁も二十九年前にあったんです。そのころから、教育委員会がちゃんと働いていないのではないかという思いはずっとあったわけでございます。
ですから、我々は、この際、教育の行政という部分で基本法が果たせる役割というのは、何度も申しますが、最終責任は国にというところで、財政とか標準あるいは教育行政の体制とか、それから、できるだけ学校の現場に大抵のことは決めていただくということであろうと思います。
今回、世界史未履修について、どこにどう責任があるのかと考えますと、今の法制上ではやはり校長の一義的責任が大きいと言えますが、ただ、実は、今の校長も都道府県の教育委員会のもとで指導監督がありまして、やはり都道府県教育委員会もその指導監督を怠っていたのではないかという責任も大きいし、どちらが重いとも言えないということでございます。
そういうことから、責任体制をはっきりさせるというのが我々の基本法の考え方でございます。
○伊吹国務大臣
先生、先ほど、教育基本法を直していろいろやっているのじゃ迂遠じゃないかという御指摘がありましたが、今、民主党の提案者も同じことを言っておられるんですよ。
それは、民主党の、教育基本法を直さなかったら、今の基本である教育委員会を廃止して教育権を都道府県知事にゆだねて、教育の責任を地方自治体の長にやらせるという法律が通らなかったら何もできない。同じことなんですよ。今、藤村先生が言っておられるのは、やはり規範意識を持ってしっかりとやって、教育委員会に責任があってと、私の答弁と同じことを言っておられるわけです。
だから、教育基本法を通さなければ現実に何もできないなんということはないわけですから、今の教育基本法、これからの教育基本法の理念の中で、先ほど申し上げたように、各法律、予算等を直しながら現実の困ったことの穴を埋めていくというのは、民主党の答弁者も同じことを言っておられるということを御理解ください。
○西村(智)委員
いえ、教育委員会の形骸化ということを藤村委員は指摘されているんだと思います。民主党案の中では、教育委員会のあり方を含めて、教育行政、国と地方の責任分担のあり方、これを明確にしておりますので、私は、政府案の中でこういったことに実際のところ対応できるのかどうかということ、ここを問題にしたいわけなんでございます。
私は、今回の未履修の問題一つとってみても、やはり時代というのは本当に何が出てくるかわからない。未履修などというのは、私が学生のときには想像もしなかった事態でありますが、こうやって、時代に沿って、時代の変遷に伴って新しい教育上の課題というのはたくさん出てまいります。これは未履修が時代の変化の一つであるとすれば、やはり未履修の問題はこの基本法の議論の中でしっかりと含めて考えるべきだ、こういうふうに考えておりますけれども、大臣、ここのところ、未履修の課題を克服する、まずそれが先だというふうにお考えにはなりませんか。
(中略)
○松本(大)委員
国と地方合わせれば一人当たりの金額がふえているんだということについては、これはもう少しきちんとした数字をいただいて、その後、それは結局少子化が進んで、それで結果として一人当たりがふえているんじゃないのかなというような反論を、ぜひ、そうおっしゃるのであればデータを示していただいて、お答えをしたいなというふうに思います。
国と地方を合わせれば変わっていないんだということでありますけれども、これは午前中の北神委員の質疑のときにもありましたけれども、国際比較というものがデータとしてはございます。
お配りをしました資料の二ページ目でありまして、これは北神委員が作成された資料との違いは何かといいますと、つい先月、九月に発表されたばかりの直近二〇〇三年のデータが入っているということと、それから、これは国立国会図書館にお願いをしまして、経年変化というものを追っていただきました。かつ、GNPベースでかつては計算されていたものをGDPベースに引き直していただいて、経年での変化を追ったというものであります。
これを見ますと、この二ページ目と三ページ目がそうなんですけれども、アメリカ、イギリス、ドイツ、フランス、上下は、増減はありますけれども、トレンドとしてはふやしてきた、GDPに占める公教育財政投資の比率をふやしてきたわけでありますけれども、我が国はどうかといえば、一九八三年のデータから二〇〇三年、直近のデータまで、トレンドとしては減少を続けてきた。九八年と九九年で切れているのは、九八年までは文部省、文部科学省が作成をしてきたわけですが、その後作成をやめられてOECDがつくるようになったために、ここは点線にしてありますけれども、文部省がつくっていた時代ですら、日本はずっと一貫して下がってきた。
対するアメリカ、イギリス、ドイツ、フランスというものはその比率を高めてきた。OECDが調査を始めるようになった九九年から二〇〇三年までを見ても、国と地方を合わせてという話がありましたけれども、これはまさに国と地方を合わせたものですが、三・五%という水準は変わりませんけれども、では諸外国はどうかというと、この同じ期間の間に、アメリカもイギリスもフランスもドイツもそれぞれ比率をふやしているんですね。
つまりは、国と地方を合わせれば、この小泉内閣の期間変わっていないんだというお話もありましたけれども、まだまだ国際比較という意味では大きく見劣りをしている。この現状が一体どこに影響を及ぼしているのかということであろうかと思います。
めくっていただいて、三ページ目と四ページ目なんですけれども、この日本の比率の三・五%というのは、OECD加盟国三十カ国中の最低です。北神委員との数字の若干の違いは、データが一年新しいのと、それから幼児教育などその他の教育というものをふやして、全教育段階で出しているということでありまして、トップのアイスランドの半分以下、OECD平均は五・二%だったと思いますけれども、その平均に比べても大きく見劣りをしている。ここがどこに対してツケを回しているかという話をこの要望書の中からぜひ拾い上げていきたいと思うんです。
さらにめくって五ページ目なんですが、では公共事業費はどうかといえば、確かに近年、GDPに占める比率というのは減少傾向にはあるわけですけれども、依然として、これは上から日本、フランス、アメリカ、イギリス、ドイツの順番で経年変化をとったものですけれども、日本は三・七%。一番下のドイツ一・四%の二倍以上、イギリスも一・八%ですから、これもやはり二倍以上、アメリカは二・五%ですから、およそ一・五倍の比率を日本は誇っているわけですね。まだまだ人よりもコンクリートに対して投資を行ってきたというツケがやはりここにあらわれているのではないかなというふうに思います。
これが私たちの、国民の生活のどこに影響を及ぼしているかということがこの要望書にまさにあらわれているわけでありまして、資料の一ページ目に戻ると、要望書ですね、「遺児の母子家庭の勤労年収は一般家庭の三分の一を割り込み百三十万円まで落ち込みました。これでは食べるにも事欠き、高校進学もままならず、進学しても卒業まで学資が続きません。」と。
大臣は、日本は教育の機会均等というのは諸外国に比べて高い水準にあると午前中おっしゃっていましたけれども、しかしながら、現場からは、高校進学もままならずという生々しい、切実な訴えが出てきているわけですね。それはなぜこういうことになるのかといえば、ここ数年、国と地方を足して変わっていないんだというふうにおっしゃるけれども、諸外国に比べてやはりまだまだ公財政支出の比率というものは低い水準にあるんだ、その結果、こういう陳情というか要望が来ているわけであります。
これが一体、具体的にデータで検証できるかという話でありますけれども、資料の六ページ目、これは厚生労働省の平成十五年度全国母子世帯等調査というものでありまして、表十六の(一)、平成十四年の年間収入状況、平均収入金額というものを見ますと、母子世帯の就労収入百六十二万円。この要望書では百三十万円を割り込みというふうにありますが、これは死別に多分限られていらっしゃるとか、あるいはデータをとられた時点が違うのかもしれません。
そのほかに、生活保護、児童扶養手当、養育費、これを合わせましても平均収入金額が二百十二万円でありまして、その下の参考として書かれております表、平成十四年の母子世帯の収入は二百十二万円でありまして、一般世帯を一〇〇とした場合の母子世帯の平均収入は三六・〇と、おおむねこの要望書のとおりの非常に経済的に厳しい状況に置かれているということであります。
一方で、では教育費はどのぐらいかかっているのかということでありますけれども、資料の七ページ目をめくっていただいて、表の一、「高等学校(全日制)」というところでありますが、公立の学校の学校教育費、表の上から二番目のところですけれども、これは要するに塾とか家庭教師なんかを含む補助費を、下の学校外活動費を除いた金額でありますが、三十四万二千百五十二円。ちょっと読みづらいかもしれません、ごめんなさい。一番右は私立ですから、右から二番目、上から二番目、公立の全日制の高等学校の学校教育費が幾らかといえば、三十四万二千百五十二円なわけですね。
今、国が行っている奨学金の貸与の金額は、たしか、自宅から公立高校に通う場合、月一万八千円、つまり年間で二十一万六千円ということだと思いますから、この奨学金では学校教育費すら賄えないということでありますし、先ほどもあったように、母子世帯の平均年収が二百十二万円で一般世帯の三六%しかないということは、まさに育ち盛りの子供たちを食べさせるだけでもう手いっぱいという状況がこのデータからも裏づけられる。この要望書がいかに切実なものかということがわかっていただけるんじゃないかと思います。
実際にここが、だからどういうふうにしわ寄せされているかというのが資料の八ページ目でありまして、これは母子世帯ではありませんけれども、同じように厳しい経済状況に置かれている家庭の進学率というものがどうなっているのかという意味でおつけをいたしました。
平成十六年の厚生労働省の被保護者全国一斉調査というものをもとにちょっとつくってみたんですが、一番上をごらんください。表の上、「全国」というところでありまして、右から三番目、高等学校等進学率八〇・九%であります。その右側、これは文科省の調査の学校基本調査による進学率、これは全国の平均です、九六・三%。つまり、生活保護受給世帯の高校進学率は八〇・九%であるのに対して、全国平均では九六・三%、実に一五・四ポイントも高校の進学率に大きな差がついているということなんですね。
大臣は、日本は教育の機会均等というものは諸外国に比べて図られているんだ、かなえられているんだというふうにおっしゃいましたけれども、別に、今諸外国に比べて高い水準にあるからといって、これでよしとするのではなく、さらに積み残しの課題は何なのか、もっと高くできるところがあればそれは当然やるべきですし、その課題の一端が、まさに家庭の経済格差が学習環境の格差となってあらわれている、教育機会の格差となってあらわれている、そのことの証左であるというふうに思います。
そこで、この要望書にあります高校の進学もままならないんだという状況に対して、大臣、これは先ほどの話に戻りますけれども、やはり教育予算なんですね。公財政支出がGDPに占める比率、今三・五ポイントで、OECD三十カ国中最低な水準にあるわけですけれども、この家庭の経済格差が中等教育の機会の平等を阻害している状況を改めるために、やはりこれはしっかりと諸外国並みの予算を確保すべきだと私は考えますが、大臣、この要望書を受けてどのようにお考えになりますか。
○伊吹国務大臣
先生が大変情熱を持ってこのことを語られて、私は感銘を受けて聞いておりました。
銀行の経営もそうなんだろうと思いますが、国家を預かっている場合に、やはり、五十万ですか、四十万から五十万と言われる、数は確かに少ないですけれども、この少ない人たちに光を当てて物事を考えるという立場が非常に大切だと思いますから、それは奨学金の増額だとか何かは、財源の制約もあるでしょうけれども、今のお考えに沿って、私は私なりに考え、努力をしてみたいと思います。
その上で、一つ申し上げておきたいのは、大きな組織、国家、あるいは銀行ということを預かる場合に、小さな、人数が少ないけれども大変な人に十分な配慮は行わなければならないけれども、人数が少ない人たちの現状がこうだから全体がこうだという議論はやはりやっちゃいけないと私は思いますね。
それから、先ほどのGDPに占める公財政支出のお話ですが、これも、例えば日本人が一年間でつくり出したものをどの程度教育に充てているかということは、私は、この表で見ると日本はまことに残念な数字だなと思いますが、同時に、GDPの大きさ、それからその国の持っている就学の人口の比率、人口の大きさ、やはりこういうものも客観的に眺めながら、どこが一番少ないのか、どこがどうなのかという議論もあわせて、これはこれで私は反対じゃありません、お示しになったことは。しかし、もう少しきめ細かな議論もしてみたいなと思います。
○松本(大)委員
きめ細かな議論をするからこそ、こういうふうに今九六%という高校進学率の残る三・数%が一体何に起因しているのかというところに思いをいたすべきでありまして、今の大臣答弁をお聞きになられて、きょうは官房副長官にもおいでいただいていますけれども、育英会の副会長としてどのように思われるかというのも後でちょっと、ぜひ聞いてみたいものだというふうに思います。
まず、その前に、今、大臣答弁は今のような調子であったわけでありますけれども、民主党であれば、この「高校進学もままならず、進学しても卒業まで学資が続きません。」という要望に対してどのようにお答えになるのか、提案者に御見解を伺いたいと思います。
○藤村議員
松本大輔委員があしなが育英会のことを質問されるというのは昨晩伺いまして、私も関係者の一人として、実は驚いた次第でございました。
先々週でしたか、広島の地で、学生たちが一生懸命このあしながおじさんの募金を募っていたという運動、これは全国で、各都道府県、主要な都市で行っておりまして、私は学生時代から、実は、ことしのあしなが募金は秋で七十三回目でございます、春と秋と年二回やるんですけれども、三十六年目を迎えまして、全部参加しているその一人でございます。そういう関係者に、これは打ち合わせも何もなしで質問が出てきたことに大変驚きを禁じ得ませんでした。それでまた、この問題について大変深く調べ、そしてお聞きいただいたことに感謝を申し上げたいと思います。
これは民主党だったらということにとどまらず、先ほど伊吹大臣がいい答弁をされたのは、一般的に、大きく言えば今九六%の高校進学率であっても、しかし本当にこの八〇%のところはある、この現実をきちっと見て、そういう部分にやはり光を当てるというのが政治の力であろう、そのように私は考えておりますが、教育基本法を今論ずるこの委員会でございますので、我々が提出した教育基本法ではどういう配慮をしているかということを御説明してお答えにしたいと思います。
我々は、基本的に、さっきもお話が出ておりましたように、やはりいよいよ日本も本当に物から人へということは、これは今の安倍総理だって、同じようなことで、人を育てることが大事だと言っていらっしゃいますので、まさに国の財政支出についても、物やコンクリートではなくて、人への投資ということを我々は基本の理念として持っておりまして、そして、公立小学校への予算、あるいは高等教育における予算、さらには奨学金など、これらの検討、さらに増額が必要だと思っております。
今回提出の日本国教育基本法におきまして、まず、第二条で、憲法二十六条からくる教育を受ける権利というものをやはりはっきりとさせる。それは、大半の人は余りそういうことを気にしなくていいんですが、本当にこうして困っている人たちについては、この権利を与えるというか、まさに学習、学ぶ権利の保障というのは非常に大事な理念であろうと思っております。
また、三条で適切かつ最善な教育の機会及び環境の享受等ということで、これも「何人も、」ということでございます。
さらに、七条で普通教育及び義務教育の第五項で、これは委員会の質疑できょうまでなかったものですから初めて御披露するんですが、実は第五項に、今まで述べませんでしたが、「義務教育については授業料は徴収せず、」と、これはきょうまでの基本法もそうでした、さらに我々は書き込みました、「その他義務教育に関する費用については、保護者の負担は、できる限り軽減されるものとする。」ということで、これは新しい我々の規定でございます。
さらに、第八条で、現在日本国政府が留保している人権規約の高等教育無償化条項の留保を撤回すべく、高等教育の漸進的無償化をうたっておりますし、さらに、それらの、二十条で予算の確保、今大分議論をされておりましたGDP比という問題を指標にするということも新しい発想として基本法に入れたところでございます。
私は、三十六年、三十七年目になりますこの運動、下村官房副長官は、私がそのときは先生役といいますか、彼が学生さんでありまして、そういう関係でもう二十数年来のまさに同志でもございますが、その下村さんが今安倍内閣で教育のことを一生懸命やっていただくということに大変期待をしたいと存じます。
以上でございます。
○松本(大)委員
民主党案は、まさに学ぶ権利の保障という点に私はある意味では最大の眼目があるというふうに考えていますけれども、今の政府答弁とそれから藤村委員の答弁をお聞きになられて、育英会の副会長として、下村先生、どのようにお感じになられたか、御答弁を願えますでしょうか。
○下村内閣官房副長官
官房副長官としてお答えをさせていただきたいというふうに思います。
私も副長官になる直前まであしなが育英会の副会長をしておりましたので、松本委員からこのあしなが育英会の要望書について質問をしていただき、また事細かく解説をし、また力説をして進めていただいていることに対して、本当に深く感謝を申し上げたいというふうに思います。
今ありましたように、あしなが育英会の前身、別組織であります交通遺児育英会、私はその第一期生でございまして、当時、高校、大学に奨学金を借りて行ったとき、大学生のときに、民主党の提案者であります藤村修先生は当時の交通遺児育英会の事務局長をされておりましたので、不思議な縁できょうは答弁に立たせていただいております。
そして、このあしなが育英会の要望は、この四年、五年の変化ということでなく、冒頭に書いてありますように、過去四十年間の積み重ねの中での要望でございます。そして、一つとしては、公教育を立て直してほしい、お金がない遺児でも大学に進学できるような、そういう夢をかなえるような教育改革をぜひやってほしいというのが一点ございますね。それから二点目としては、奨学金制度を拡充してほしい。そして三点目で、最貧層で長期に置かれると犯罪社会に落ち込むおそれもあるかもしれない、そういう意味で、教育セーフティーネットを一日も早く完備してほしい。そして四つ目として、大学生、高校生、特にボランティア体験で大学生にはアジア、アフリカの貧しい国での海外研修・ボランティアを義務づける制度を検討してほしい。こういう要望でございまして、まさにそのとおりだというふうに私も思っております。
伊吹大臣の先ほどの答弁は、私は、的確な答弁をされておられるというふうに思いますし、このあしなが育英会の目指す方向について、同じ答弁だというふうに思います。
しかし、さらに加速度をつけるという意味で、安倍政権になってから、安倍総理のもとで教育再生会議を立ち上げました。これはまさに、このような要望を含めて、しっかりと日本の教育が再生する、よみがえる、こういう視点から、加速度をつけた、日本における唯一の資源、人材ですから、人ですから、人を大切にしながら教育をもってこの日本を再興する、こういう考えのもとでございますので、私自身もぜひ官邸に入って、要望を受ける立場でありますが、加速度がつき、実現できるように努力をしていきたいというふうに思っております。
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