第165回  06年11月10日

 教育基本法改正の質疑において
 民主党案『日本国教育基本法案』の提案者として答弁に立つJ

教育基本法に関する
特別委員会

 

(高等学校における必履修科目未履修問題について)


○田嶋(要)委員

それはまあ、新しいリーダーがやってきて状況が変わったということかもしれませんけれども、私は、この感度の問題というのは本当に深刻だというふうに思うんですね。

もう一つは、これは新聞でも取り上げられましたけれども、四年前からわかっていたんじゃないかという話。委託の調査をされておったわけですね。委託の資料も取り寄せたりしていろいろ見ましたけれども、この中に明確に、教育接続というんですか、高校の履修と大学の話というのがちゃんと研究項目に上がっておるわけですよ。その第二章の二の三のところに、高校での履修等に関する質問事項ということで上がっております。その中身を見ると、世界史が必修科目になった後も、実際にどのぐらいの子供たちが、高校生が履修をしているかということをちゃんと調べておるんですね。

これは、普通に考えるとちょっと変な感じですよね。だって、必修科目なんだから一〇〇%に決まっているから、調べる必要はないと考えてもいいわけですよ。しかし、これを実際には調べておる。なぜかというと、やはりそれは、実態としてはそうなっていないということは、もうその当時、こういった研究者の間ではある程度知られていたということだと私は思うんですよ。ちょっとヒアリングもしましたけれどもね。

そういうことというのは全く感覚としてなかったわけですか、文科省は。大臣は当時違いますけれども。


〔委員長退席、斉藤(斗)委員長代理着席〕

○伊吹国務大臣

それは私がお答えしなければいけないことですから。

この調査を平成十三年にしたとき、調査の委託をしたのは、高等教育局といって大学を所管している局なんです。この調査を依頼したのが、大学生に対し、大学での学習に対する目的意識、意欲、関心、職業観、社会観に対する調査を行って、学習に対してどの程度のモチベーションがあるかという意図でやった中で、先生が今おっしゃった高校の履修のことを調べているわけですね。

そこで、結果が出てきて、先生がおっしゃったとおり、世界史の未履修が平均して一六%あったと。そのことは、高等教育局としては、こういうことがあったよということを高等学校を所管している初等中等局へ連絡すべきなんです。それが感性というものなんですよ。役人の仕事というのは本来そうするべきなんですよ。

残念ながらそのときにそれができていなかったということについて、局が違ったということと、もう一つ大きな理由があるんですよ。それは、私も、まあ、そう言われればそうだなと。しかし、それで役人の言い分を認めたわけじゃないんですよ。これは、全国で三百三十五の大学で四百七十七の学部を調べているわけです。総調査数が三万三千人なんですよ。ところがこれは、一年、二年、三年、四年と分けて調べておるわけですね。だから、平均すると一学年で約九千人弱なんです。高等学校の三年生の生徒は、今回の調査でもわかるように百十八万人いるんですよ。結局、その百十八万人の〇・一%を調べたわけですね。そして、その三万三千人の中で約二万人が私学なんですよ。ところが、高等学校の数からすると、私学の高等学校は非常に少ないです、公立が非常に多いです、百十八万のうち。

だから、これは我々の選挙の世論調査と一緒だと思いますが、〇・一%の抽出率でやって、しかもサンプルが私学に偏っていた調査をしたときに、それを軽んじたという気持ちがあったんじゃないかと私は思うんですね。

いずれにしろ、これが出たときに担当の局は必ず高校を所管している担当の局に通知をするというのは、ごく当たり前のことだったと思います。

○田嶋(要)委員

おっしゃるとおりですね。ただ、この発注した高等局の方も中身をちゃんと見ているのかどうかということも、私は疑問だと思いますよね。やらせただけで、受け取っただけなんじゃないか。感性が足りない。

もう一つ、これは、教育の最終責任という意識がやはりないんじゃないですかね。私がヒアリングしたお役所の方々も、何となくちゅうちょされると言うわけですよ。要するに、教育委員会とかにいろいろ質問する。それが指示じゃなくて調査だとしても、要するに権限内のことであったとしても、いろいろ全国調査をするということは彼らのやっていることを疑うということだ、管理しているように受け取られる、だから、ちゅうちょされるというふうにおっしゃるんですね。

だから、この教育基本法の中身に関してやはり最大の問題の一つは、最終的な責任が不明確なままにしてあるということが僕はどうも腑に落ちない。その点、民主党は明確にされているような気が僕はします。

せっかくですから一つ質問しますけれども、民主党の方の法案の中で、最終的責任を明確にする、その必要性に関してちょっと一言教えていただけますか。

○藤村議員

田嶋委員御指摘のとおり、民主党案において、教育の責任というものを、普通教育においてその機会の保障等は最終的に国にあると。それから、今現在ある都道府県教育委員会、市町村教育委員会、学校という、この中のところは、ある意味では、我々は教育委員会廃止ですから、なくして、しかし、全般の教育の大半のことを、学校、つまり子供に最も近い、地域に最も近い、家庭に最も近い、その学校にまた大半の責任を、そういう意味では非常に両極に責任をはっきりさせたい、こういうことでございます。

すなわち、学校理事会というのをまだ皆さん余りイメージされてないので、地方の場合、何か首長に責任を預けてしまっていいのかという懐疑的な御意見あるいは疑問があるかと思いますけれども、その意味では、今までのイメージとは違って、本当に現場に、つまり家庭、地域、学校、この一番現場に学校理事会が大半の権限を持ってやる。そこには保護者やら、もちろん先生も入りますし、地域の、教育の専門家も入る。

そういうことで、今、学校理事会の権限について我々が想定しているのは、学校運営の基本方針の決定、それから国の基準を踏まえた上での教育課程の編成と、さらに教職員の任用についてまで具申するというあたりまでを学校の理事会に預けて、そして教育行政については、今、形骸化がと言われておりますが、教育委員会を、実際に機能する教育監査委員会、仮称でありますが、これに改組をして、そして情報をオープンにし、地域の民意を酌み取りつつ教育行政をチェックする。さらに、学校理事会も、保護者、地域住民等多様な主体が参加し、これも情報をオープンにしつつ学校の運営を行う。

このような仕組みを考えておりますので、首長が担う教育行政にしっかりとした民意によるチェックが働く、このように考えています。

 

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