第166回  07年2月21日

 伊吹大臣の所信に対する質疑

文部科学委員会

 

○桝屋委員長

次に、藤村修君。

○藤村委員  

民主党の藤村修でございます。

大臣の所信に対する一般質疑ということで、総括的にというか、あるいは非常に基本の問題をきょうは約一時間の範囲でお尋ねをし、議論を進めたいと思います。

大臣、先ほどからおっしゃるとおり、本当にこの国会での議論が教育をよくしていく方向に働くべく、私どもは積極的な提案型の質問をしたいと思っております。

ただ、この国会で格差の問題というのが一つの大きな、やはり教育の現場においての格差という問題も、これはそれなりに議論をしなければならないと思います。

もう一つ、昨日の例の事務所費問題、我が党、民主党の小沢代表が発言をし公表しましたが、これについても後ほど同僚委員から質問をさせていただきます。十分御準備をされていることと思います。

それで、格差について非常に大ざっぱにといいますか、教育の分野における格差。これは格差という言葉でなくてもいいんですが、とにかく、違い、差、いろいろなことがあるわけですけれども、これを一くくり、格差という言い方でこの議論は進めたいと思います。

大臣におかれては、教育における格差というのがどんな分野にどういうふうにあるんだろうか、あるいはないんだろうか、そういう概括的な認識をお尋ね申し上げたいと思います。

○伊吹国務大臣

むしろ私が藤村先生にお尋ねしたいのは、教育における格差という言葉を使われた場合に、何を指して格差とおっしゃっているのかということをお伺いしたいと思うんです。

それは、例えば親の所得、親の学歴等によって子供の習熟度が違うというものもありましょう。子供が入れる学校が違うということもありましょう。住んでいる地域によってこれらが違ってくるということもありましょう。それから、やはりおのおのの子供の努力あるいは地域社会の努力によって違うということもありましょう。

私は、結果について格差がある程度出てくるということは、これは自由競争社会という価値でもって社会を動かしている限りは、やはりあり得ることだと思うんですよ。それをできるだけ顕在化させないのか、あるいは顕在化させない努力をすることによって官が介入するからかえっておかしな社会システムができてくるという評価をするのか、この辺は非常に微妙なところですね。

ただ、教育の分野でいうと、どちらかというとできるだけ競争条件の格差だけは解消をしておいた方がいい分野だと私は認識しています。しかし、ここの格差を解消していこうとしますと、かなり官が積極的に介入をしなければならない。

藤村先生も民主党のお立場として、ぜひ私に教えていただきたいのは、かつて地方分権を推進するあるいは官の介入をできるだけ排除して民を中心に動かしていくということについて、どちらかというと自由民主党は古いシステムを利用しておってかえっておかしいんだ、おれたちこそ地方分権の推進者であり民主導の推進者だとおっしゃっていたと思うんですよ。ところが、予算委員会の質疑などを伺っていましても、何かちょっとこのごろ百八十度お変わりになったんじゃないかなという気が私は率直に言ってするんです。間違っていれば御質問の中で訂正していただいたらいいと思います。

私はやはり、教育の分野においては、それはバウチャーだとかどうだとかいろいろなことを言う人がいますけれども、競争条件の平等だけは官がある程度入っていかなければ、子供が不幸になるんじゃないかというふうに思っているんです。ですから、従来の民主党のお立場とはちょっと違いますが、最近の民主党のお立場とはそう違わないと思っておりますが。

○藤村委員 

伊吹大臣は答弁の中で質問されますので、一々答えていると時間がなくなりますので、地教行法の話でまたそれはやりたいと思います。
今格差のお話で、これは質問に答えないといけないんですが。

私は、教育の分野で、特に国が考えるべき観点というのは、おっしゃったように、結果の平等じゃないんです、やはり機会の平等ですよね。それはすなわち、これは冒頭の答弁でもありましたよね、義務教育というものは基本的に全国津々浦々、どこに生まれようがどこに住もうが、基本的に、義務教育の分野においては、ある意味でスタート、最初の基礎的学力等、普通教育がどこにいても平等になされると。その後努力するかしないかは、それは結果に響いてきますけれども、そういうものだと思うんですね。

ところが、格差というものを問題にするときには、今、全国津々浦々どこにいてもという部分が相当崩れているのではないか。ですから、教育の分野において国で議論すべきは、やはり住むところによって大分差があるんじゃないでしょうか。これはその後に、順にやっていきますが、結局、自治体の財政状況等々、具体的に後ほどまた示しますが、これによって差が実際に出ている、このことは国ないし行政がきちんと対応しないといけない分野だ、私はこういうふうに思います。

それからもう一点は、親の経済力。親の学歴と子供の学歴は若干の相関関係があるようですが、それは今言ってもしようがないんですが、しかし、親の経済力によって子供の教育にスタートの時点で、あるいは教育を受ける機会の均等において大きく差が出ては、これは何とかしてあげないといけないというのは国が考えるべきことだと思います。

そういう意味で、私は、教育における格差というのは、住むところ住むところの、地方によっての差が出ないようにする、特に義務教育において。もう一つは親の経済的な差。スタートの、基本的な教育を受ける子供たちの機会均等が保障されるべきである。こういう二つだと思うんですね、私が考える教育における格差。

○伊吹国務大臣

藤村先生を含め、教育特でいろいろ行われた議論も、私は非常に大切にしているつもりなんです。

それで、あのときも、民主党の法案は、衆議院では廃案になりましたが、参議院では否決されたんですけれども、たくさん私は参考になることが書いてあったと思って、今後の地教行法や何かのときにも参考にさせていただきたいと思っているんです。国が教育の責任は負うけれども、実施の権限は地方自治体の首長に行く、こういう構成になっていたと思うんですが。

私は、先生や自民党の文教関係の方は同じ気持ちで立ち向かったと思いますが、例えば義務教育の国庫負担金ですね、これを地方分権という名のもとで二分の一を三分の一にしましたね。そして、それに見合う税源をトータルとして地方に分与しているわけですよ。そうすると、トータルとしては国と地方との関係は合うかもわかりませんけれども、税源を移譲されても、税収が上がらない自治体は、補助金が来ないけれども税収はそれを賄うほど上がってこない。交付税でそれを完全に補てんしてくれるかというと、必ずしもそうじゃないという問題が起こってきているわけですね。だからこれは、与党としては、地方でできることは地方でというやり方が悪かったと多分おっしゃると思うんです。民主党は、地方でできることは地方で、補助金はできるだけやめろという主張でずっと来ておられるわけでしょう。ですから、私は、この分野は、教育だとか福祉というものはやはりある程度国が関与をする、先生はそういう立場であのとき御主張いただいていたと思うんですが、やはりそういうところまでさかのぼって考えないと、地域財政力による教育格差の問題というのは、なかなか議論が難しいなと。

それから、いろいろ調べてみると、東京都はなるほど財政力指数は非常に高いんですよ。しかし、残念ながら、教員の加配の率だとかなんかが高いかというと、必ずしもそうじゃありません。これは、どこが高いかというと、例えば徳島とか香川とかですね。やはり知事さんの重点の置き方によって違ってくるわけです。だから、知事さんの重点の置き方によって先生のおっしゃるある意味での格差が出てくるということがいけないということであれば、この権限は国へ戻していただかないとできないんですね。

だから、そこのところも、トータルで同じ方向なら、ひとつ民主党さんとも力を合わせてやりたいなと私は思っております。

○藤村委員 

我々の日本国教育基本法でも、伊吹大臣にもそれなりに評価をいただいたとおり、やはり教育の権限は最終的に国が責任を持つ、こういうことを我々は主張しているわけであります。その中で、説明しましたように、幾つかは財政ですね、これをきちっと国が面倒を見る。

我々は、補助金が全部いけないというんじゃなしに、一括交付金として教育の費用、公教育財政というものを、これは後ほどまたちょっとやりますが、政府支出の何%とかあるいはGDPの何%、そういうしかるべき指標をもって確保するのが国の一つの大きな責任だということは何度もお答えしているので、もうこれ以上申しません。

それで、今おっしゃったように、地方自治体のやり方によって差が出ているというのは事実であります。その事実を、私はきょう資料をお配りしているので、最初の一ページ目の資料で、これは一つの本当に狭い分野の例だけを申します。

これは、さっきおっしゃった義務教育費国庫負担の話。伊吹大臣は、義務教育費国庫負担をきちっと国が責任を持つというお立場だと思うんですね。我々も基本的にそうです。ところが、過去、例えば今例に出ているのは、教材費とか旅費の話で、これは大分前、昭和六十年、このときに教材費とか教員旅費がいわゆる義務教育費国庫負担費の中から外されて、外されたらなくなるのかというと、いやそうではありません、地方交付税交付金できちっと、各都道府県によって指数があって、それに基づいて負担をしますと。だから、ちゃんと国が面倒を見るというところであったわけです。

そのときに、指標で見ると、地方はもうちょっと頑張っていたということですね。左の一〇〇のところが一つの標準で、それだけはしてくださいよと、教材費とか旅費。その当時はまだ頑張っていて、旅費は一〇五とか、あるいは教材費は一二〇とか、地方はさらにそれに加えていたわけですね。ところが、見ていただくと、平成八年ですか、ここで教材費なんか一〇〇になってきましたね。それでやっと、何とかそれで標準は保っていたんですが、その後だあっと下がってきました。

ですから、ちゃんと地方交付税交付金で手当てされますというときに、それは地方の責任でそういうふうにしてきたといえばそうなんですが、やはり国がきちっと、そこはちゃんとやってくださいと言うことと同時に、本当は国できちっと義務教育費国庫負担、我々は教育一括交付金という言い方をしますが、それで手当てすべき対象ではないだろうか、こう思うわけですね。

これはなぜこうなってきたかというのは、地方債、地方がいろいろ事業をするのに、国の補助金とともに手当てして、箱物が多いんですが、いろいろつくっている、それで借金をしている。実はその当時自治省は、借金も、今後の返済についてはきちっと交付税で手当てしますと言っていた。ところが、今度は交付税をシーリングで切ってきたわけでしょう。そうすると、それはできなくなるわけですね、地方の側から言うとね。

これは過去に一般財源化された教材費と教員旅費だけを言っていますが、もう一つ、しょっちゅう言われるのが図書費ですね。図書費の件も、調べてみますと、私ども、これは超党派の国会議員連盟がありまして、図書費を調べましたら、これは答えてもらう必要はないんですが、前回の委員会でもあったと思いますが、図書費をきちんと手当てしているというのは、小学校で多分三十数%、中学校でも四十数%、半分まで行っていないんですね、標準より。それでも、費用はちゃんと手当てしているはずです。

だから、ここに、さっき申しましたように、自治体の財政事情によって、これは子供たちはどこに住んでいてもそんなの知らないんです、でも、財政事情のいいところ、大半が悪いですが、いいところならまだ比較的いいし、財政事情が非常に悪いところなら物すごく悪いし。夕張市なんかは学校までなくなる、こういう事態に今なっていることが、これが一つの格差ではないだろうかということを申し上げたかったわけです。
それから、次に。

さっき私、格差の基本の話を申し上げました、考え方を。外国との差というのは、これは格差とは多分言わないと思います。差と言った方がいいと思うんですが。この外国との差において一つだけ注意しておきたいのが、きょうお配りした図表二ということです。

日本と諸外国との差というので、このごろ非常に話題になっているのが例のPISA。学力が下がっているのではないかと言われているわけです。これは、資料はおつけしませんでしたが、二〇〇〇年のPISAの調査で、例えば、読解力は日本は八位であった。一位はフィンランドなんですね。あるいは、数学的リテラシーでは、当時、二〇〇〇年、日本は一位であった。あるいは、科学的リテラシーでは日本は二位であった。それが、二〇〇三年の同じPISA調査で、時を経たときに、読解力は日本が十四位になった。すなわち八位から十四位に下がった。それから、数学的リテラシーも、トップであったのが六位に下がった。科学的リテラシーも、あっ、これは変わっていませんね、二位ですね。

というふうに、何か下がったことがえらく注目されるんですが、これはしかし、OECD諸国の中で、きょうお配りした資料でいえば、これは結局、公財政教育支出ということで言っていますが、日本は公財政教育支出が非常に低いところにあるんですよね。例えば、一般政府支出に占める割合でいえば、これは下の方ですね、一〇・七%。よく使われるのは、この右の表のGDPに占める割合ですね。これも一番下、実は、二十九カ国中二十八位、日本とトルコが三・七%、GDP。

GDPというのはその国のやはり経済力の規模ですから、単純には言えませんけれども、ただ、こういう指標がある、比較がある中で、日本は公財政教育支出が低い割にはPISAの成績は高いとむしろ言えるわけで、健闘しているわけですね、お金が少ない中で。こういう比較もしていかないといけないだろうと思います。

それから一つだけ、これは質問としてお伺いしたいんですが、さっき申しましたように、やはり個々人のというか、家庭の経済力の差がスタートとかあるいは教育の機会の差になってはいけない。このことを手当てするのは、多分、特に高等教育では奨学金が非常に大きな役割を果たすと思うんですね。
これは、質問で、通告もしなかったので、ちょっと数字だけ答えちゃいますけれども、私、今、緊急にこの格差に対応するときに、この点だけはどうしてもしないといけないと思うんです。

大学の奨学金を受けたいと希望する、そして受ける基準に合格している、これは平成十七年度、文科省からいただいた資料で、実は、基準適格申請者、大学奨学金十一万一千人でありました、しかし採用は九万二千人しかできませんでした、そこで残存適格者が二万人残りました。これは数字としていただいたんですね。

残存適格者というのは何かというと、つまり、受ける資格はあるんだけれども、この無利子奨学金は、結局、予算枠ではみ出た分はだめでしたと、こうなったと。じゃ、それはどう選択したかというと、一行だけあるんですが、予算枠があるため家計要件重視で採用したと。より厳しい人から採用したという。枠があるからそうせざるを得なかったということでしょうが。この際、十一万人の中で二万人ぐらいですから、これはぜひ本当に格差解消の大きな、緊急措置として考えていただけないか。

○伊吹国務大臣

先生、その前に、先ほど国際比較のお話をなさいましたけれども、もうよく御存じのことですが、まず、日本の国の形として、アメリカと日本はGDPに占める政府支出の比率は非常に低い国ですよね。そういう国の形を実は日本はとっているわけだけれども、政府が積極的に介入していくという形をとるのであれば、そのことはそれで一つできるだろうと思いますし、それから、児童生徒の数が、少子化で、日本の場合は非常に少ないです。それから、御承知のように、私立が多うございますから、公的支出だけで判断できるかどうかという問題がもう一つ。それから、日本の場合は、人口に比べるとGDPが非常に大きくて、そして、一人当たりのGDPに占める教育費がどれぐらいかという比較をすると、日本は結構高いんですよ、GDPの総額が日本は世界で第二番目ですから。ですから、一概にこのGDPに占める公教育の比率だけで日本が教育に熱心かどうかということを判断するのは、私はやや誤解を生むなという気がいたしております。

先生がおっしゃった、資格があるのに奨学金をもらえないという人がいるのかどうなのか、参考人にもう一度確認させますが、そういうことはできるだけそうじゃない方がいいわけですから、これは予算編成の中でまた頑張らねばなりませんが、その予算編成のトータルの裏っ側にはそういうことがあると。そして、できるだけ民でできることは民で、規制があるのはけしからぬということを言えば言うほど、やはり自由競争原理で社会が動いていると親の所得格差というものは出てきますから、そのことも民主党の基本政策としてどちらの方向へ行かれるのかということをやはりはっきりと定めながら進んでいかないといけないことだと思います。

○藤村委員 

奨学金については検討いただくということで。
GDPに占める比というのは、さっきおっしゃった部分が確かにあるんですね。ただ、我々は指標としてという言い方ですから。むしろ政府支出に占める比率というときに、日本とお隣の韓国、OECD諸国の中ではアジアはこの二つだけですから、ここで見ると、実は、韓国は一生懸命政府支出に占める割合、これはさっきの図表二ですけれども、一五%かけているんですね。健闘していると思いますね。結果として、これは表は出しておりませんが、PISA調査、OECDにおいても、韓国は読解力は六位、二〇〇三年でいきますと、韓国は読解力二位、数学的リテラシー三位、科学的リテラシー四位。健闘していますよね。政府の中でどれだけ教育にお金をかけているかというところはやはりこうしてじわっと差に出てくるということは申し上げたいと思います。
それで、次に移ります。

もう一つの問題、きょう取り上げたいのが、大臣も所信でおっしゃっていますよね、先ほども取り上げられましたが、教員の資質の向上ということです。
結局は、ここに、大臣が最初におっしゃっているとおり、教育の再生のかぎを握っているのはよき教師に尽きる。それはもう確かにそのとおりですよね。思い返してみて、自分の教育でも、あるいは現在の教育でも、やはり先生がどれだけ先生としてちゃんとやっていただくかというところが非常に重要だと思います。

そういう意味で、きょうは、教育の質の向上、特に教員の資質、能力を高めていくための議論をさせていただきたいと思っております。

まず最初に、これはデータの報告ということでありますので、四十年ぶりにされたということでありますが、教員勤務実態調査というのを昨年、今もまだずっと続けてやっていただいている、その中間的な報告、そもそもその調査をした目的と、それから最新データに基づく、認識というか、重要なポイントだけを報告いただきたいと思います。

○銭谷政府参考人 

お尋ねの教員勤務実態調査は、教員の勤務や給与のあり方を検討するための参考資料とするために、昨年の七月から十二月までの約六カ月間の勤務実態を調査したものでございます。現在、十月分までの集計が完了しておりまして、この暫定集計結果の分析を御説明させていただきたいと思います。

七月、八月、九月、十月、この四カ月間の勤務実態が明らかになっているわけでございます。夏休みの八月を除きます七月、九月、十月の公立の小中学校の教諭の勤務日一日当たりの平均残業時間というものが出てまいりまして、これが各月ともおおむね一日約二時間程度ということになっております。

なお、残業時間につきましては、残業なしという人もいれば、五時間以上残業している方もいるなど、残業時間には個人差がございます。
それから、学校種別で見ますと、中学校の教諭の方が小学校の教諭よりも残業時間が長くなっております。これは、中学校では部活動の指導に時間をとられているといった側面がございます。事実、中学校の部活動の顧問を担当する教諭は、担当をしていない教諭よりも残業時間が長いという結果が出ております。

それから、教員の中で残業時間が長いのは教頭先生でございまして、教諭と比べますと約一時間程度残業時間が長いという結果が出ております。
それから、教諭の仕事の内容を見ますと、子供に対する指導といったようなのはもちろんあるわけでございますけれども、それがまた多いわけでございますけれども、会議、打ち合わせや事務、報告書の作成などの業務も一日一時間四十分程度となっておりまして、デスクワーク的な事務負担が大きくなっているといったようなこともうかがえるところでございます。

十二月までのすべての集計結果を踏まえて、さらに分析をし、評価をすることが必要だと考えているところでございます。

○藤村委員 

今、調査の中間の報告をされまして、残業時間というのは、どういう考え方をもって残業時間というんでしょうか。つまり、教員というのは残業は基本的にないというか、命令もされないし、これはどういう位置づけなんでしょう。

○銭谷政府参考人 

今、私、残業時間というふうに申し上げたわけですけれども、この調査におきます考え方は、各学校における規定の勤務時間、つまり始業時刻から終業時刻以外に学校において教員が勤務をした時間を残業時間というとらえ方をいたしております。

○藤村委員 

今数字的な御報告をいただいたんですが、一言で言いますと、このごろの先生はというか、これは大臣も所信でおっしゃっているとおり、「今日の教員はかつてより多くの重荷を背負い、」というのは、そういうことだと思うんです。

つまり、所定の勤務時間というのは、公務員ですから八時間ですよね。それを上回る時間が残業時間とされ、それを職場で行うと残業時間というカウントに多分なってくるんだと。もちろん、持ち帰りもあります。それは一般の会社員だって公務員だって、持ち帰って仕事する。そうじゃなしに、職場における時間ですよね。ですから、約二時間余り、結局十時間ぐらい働いているんだろうな。これは多いんですか、他の公務員などと比較したときには。

○銭谷政府参考人 

正確な統計的なデータ比較というのは非常に難しいのでございますけれども、例えば、一般の公務員の超過勤務手当の支出の状況を決算レベルなどで見ました数字と比べますと、先ほど申し上げた時間数が多くなっているというふうに受けとめております。

○藤村委員 

これは別な報告ですが、義務教育の教員さんは都道府県公務員ですよね。都道府県の一般事務職で平均が月々十時間、十・四時間ぐらい。これはちょっと古いんですが、その際の教育職、つまり先生については二十九・六時間、このぐらいの差が出ている。十あるいは二十九、まあ三倍近いですね。だから、やはり大臣の所信にあるとおり、今日の教員がかつてよりたくさんの負担を強いられているのは事実だと思います。ですからどうしたらいいんでしょうかと、こういう話なんですが、これは大臣に答えてもらえますか。

○伊吹国務大臣 

多分藤村先生と私と、自民党の教育関係に熱心な先生も、同じような気持ちを持っておられると思うんです。

それで、少し整理してお話をしますと、昭和四十六年に給特法ができました。この中で、実は、教職調整額として超勤の四%が給与の中へ入っている。これは御承知のとおりです。それから、例の二・七六%という部分がある。そして、義務教育の教員の特別手当分がある。これを合わせると七・二六%です。この七・二六%と、先ほどの超過勤務相当額と言われる教職員調整額が四%ある。まずこういう給与体系が成り立っているわけですね。
一方、夏休み、春休み、冬休みの教員の勤務形態をどう考えるか。授業のあるときのことは、七月とか六月とかの調査をすればわかるわけですが、休みのときを一年を通じてどう考えるか。

それと、実は、比較をするのに、先生がおっしゃったように、地方公務員が勤務をしていて超勤手当をどの程度もらっているのか、超勤時間に合わせて。これは多分、単費でかなりの措置ができる東京都なんかは、よくわかりませんが、かなりもらっているんじゃないかと思うんですよ。交付税で随分やってもらっている地方自治体は、実態的には超勤は余りついていないんじゃないかなという気がするんです。

これは、昨年の暮れ、民主党の皆さんにも御協力いただいて、閣議決定したから二・七六を削減するという予算編成のときの騒動があって、これはせめて、教育を最優先課題としている安倍内閣において、免許の問題もあるけれども、一方で待遇の問題もあるじゃないかというので、これは一年、安倍総理の決断で延期したわけですね。ことしの暮れ、今まさに先生がおっしゃっている問題なんです。私が言っているような優遇をされているのが一般地方公務員の超勤を加えて本当に優遇されているのかねということを見きわめて、予算要求で一勝負しないといけない部分なんです。そのための実態調査を今ずっとさせているというところです。

ですから、決まったら一番に御報告に行かせますから、ひとつ御協力をいただきたいと思います。

○藤村委員 

そのことは、先日の副大臣の予算説明で、「人材確保法に基づく優遇措置の取扱いについて、平成十九年度予算からの縮減は行わず、」これではっきり表明されているわけですね。

今おっしゃったのは給特法の方をおっしゃいましたが、実は、その後に、四十九年ですか、人材確保法、これが非常に重要だと思うんですね。

人材確保法というのは、四十六年に中教審が答申して、当時は実は教員給与は一般公務員よりも低かったんですね。それで、中教審答申は、三〇ないし四〇%高いものという指摘をしたんですね。それで、四十七年、これは自民党の中の文教制度調査会、文教部会の合同で、ここでは、実は先生の給与は低い、これではいい人材は集まらない、だから現行の二倍程度の待遇改善を目標に教員給与を制定しという、自民党の中でそういう議論をまとめられた。それで、文部省に四十七年、教員待遇改善研究調査会ができて、それで、四十八年予算編成で、このときはとにかく第一次で一〇%相当上げた。それから、四十八年の二月には人材確保法という法律で、ここに今予算の中にも書かれたとおり、つまり、ちゃんといい人材をとるために教員というのは優遇しないといけないということを決められた、こういうことですね。

それで、実はそれより前に、さっきおっしゃった給特法というのがあるんですね。この給特法と人材確保法の関係というのはどうなっているのか。これはちょっと事務方に、その関係のことだけ聞いておきたいと思うんです。

○銭谷政府参考人

いわゆる給特法、公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法は、昭和四十六年に制定をされたわけでございます。その内容は、教員の職務と勤務態様の特殊性を踏まえまして、勤務時間の内外を包括的に評価して教職調整額を支給する、そのかわり、いわゆる超過勤務手当、時間外勤務手当、これは支給しないということを定めたのが給特法でございます。

その後、今先生お話しのございましたように、昭和四十九年に、教員にすぐれた人材を得て、安心して教育に専念できる環境づくりを目指して、教員給与を一般の公務員より優遇することを定める人材確保法が制定をされたということでございます。

給特法は、先生のいわば実質的な時間外勤務の扱いをどうするのかとか、そういうことが、いろいろ課題があった中で、教員の職務の特殊性と教育の重要性にかんがみまして、一般公務員とは異なる給与上の処遇改善を行った法律だと私ども認識をいたしておりまして、人材確保法とあわせて、教員の給与上の処遇改善を定めた法律であるというふうに考えております。

○伊吹国務大臣 

今参考人が申し上げたことを私、さっきるる申し上げたつもりなんですが、要するに、四十六年の給特法で、超勤相当と今申しましたが、これがまず四%あるわけですね。それから、四十九年の人確法によって、一般職の行政公務員を上回る俸給表の二・七六と、義務教育の教員等給与の手当分とを合わせて七・二六の追加の優遇額があると。しかし、これで優遇されている、優遇されていると言うけれども、超勤をしっかりと一般の地方公務員がもらった場合には、果たして教員の方が優遇されているんだろうかどうだろうかという調査を今ずっとさせているということなんですよ。

残念なのは、総務省が、東京都がどの程度の超勤を払っているのか、大阪市がどの程度の超勤を払っているかということを教えないというか、わからないわけですよ。これがわかりますと、夏休みも冬休みも計算に入れた上で、教員の超過勤務時間がこれだけだということであれば、その超過勤務時間にびしっと超勤を払って、地方公務員の本給で計算をしてみたら、実は人確法だとか給特法だとかを加えても少ないというケースがあるんじゃないかと私は思っているわけです。ですから、それを数字の上で裏づけて、予算編成でひとつやはり頑張らにゃいかぬなという作業を今進めているというところです。

○藤村委員 

その心意気はよしとしたいと思います。
それで、ちょっと大臣の認識が違うかもしれないと思います。きょうお出ししている三枚目の表で、今おっしゃっている一般行政職と教員の給与の比較で、さっき、残業がどのくらいかわからないとおっしゃったが、これは一応文科省がつくっている数字ですから。一応、一般行政職は時間外勤務手当、これは月々ですね、このぐらい出ていると。先ほど伊吹大臣は、給特法における教職調整額というのがこれに見合うようなと。時間外はないわけですから、給特法においてそういうことであると……(伊吹国務大臣「給特法は超勤手当」と呼ぶ)指名がないんです。

○桝屋委員長 

質問を続けてください。

○藤村委員 

つまり、時間外勤務手当の、超勤手当のことですからね。ただ、そこの認識がちょっと。

これは過去の委員会なり国会の審議の中で、給特法における教職調整額と下にありますよね、これが一般公務員でいう時間外、超勤に当たるという考え方を文科省は今でもされているんですか。

○銭谷政府参考人 

教職調整額は、教員の勤務の多様性と、あるいは特殊性ということにかんがみまして、時間外勤務手当の支給はなじまないということから、時間外勤務手当にかえて、勤務時間の内外を包括的に評価して、校長、教頭を除くすべての教員に対して一律に給料月額の四%を基準として支給される、そういう性格のものでございます。これは本給扱いとなっておりまして、退職手当等の積算の基礎にもなっているものでございます。

○藤村委員 

文科省はそういう認識なんですが、これは最初に法律をつくったときに、当時、昭和四十六年ですか、佐藤人事院総裁がこう答えているんですね、これは委員会、国会におきまして。

勤務時間をはみ出した分について包括的ないわゆる超勤の包括払いというような意味では筋が通らず、勤務時間の内外を通じてその職務の再評価をし、つけ足しの手当ではなく、本俸そのものを引き上げる四%の調整額を支給する、基準として。

つまり、お配りした図の一般公務員の時間外勤務手当ということと、それから、この下の教職調整額ということとは見合うわけでは全然ないというのがそもそもの法律をつくったときの給特法の考え方であったということ、これを一遍思い出していただかないと、今勤務実態調査をし、残業がこれだけ多いから、だから財務省と、これでは少ないんじゃないかというお話をする筋合いのものではないと私は思うんですね。

大臣、何か御感想があれば。

○伊吹国務大臣 

今参考人がお答えをしたように、退職金の算定の中へ入っているというのは、まさに先生がおっしゃったような本俸的扱い。しかし、これができた、この積算をするための理由づけとしては先ほど参考人が説明したとおりのことでやってきたわけですから、だからそれを本俸から外すという意味じゃないですよ。

私としては、一般公務員が超勤をもらっている金額に比べて、勤務実態から見て、きちっと超勤を教職員に払ったら一般公務員より低いという数字になっている限りは、人確法だとか給特法だとかという法律の意味がないじゃないかということを言わなければいけないから、調べさせているという理解をしていただいたら結構だと思います。

○藤村委員 

ですから、ここからは本当に私も悩むところなんですが。

今現場の先生たちがこれだけ、さっき二時間超の残業で、大臣の所信にもあるとおり負担がふえている、そういう負担感の中で、いっそ人材確保法なんかなくして、給特法もなくして、一般公務員にしてくれという声も出てくるのかなと思うんですね。そのときに我々はどう考えるか。
先ほど冒頭の方で話がありました、師族であると。教師、医師。代議士と弁護士は士の方ですけれども。師というのは、三歩下がって師の影を踏まずですから。つまり、そういう職にある人に残業手当を出すのかな。でも、現場ではだんだんそうなってきつつあるのではないかなというのが、私の今観測するところであります。

大臣はどうお考えでしょうか。つまり、教師も一般公務員と同じようにしたらどうかという考え方が一方ではある。しかし一方で、いや、教師というのは一般の公務員とは大分違いますよと。文科省流に言うと、教師の勤務時間は二十四時間だそうです。つまり、八時間が現場における勤務時間で、残り十六時間は、実際残業して仕事をしているんです。あるいは家に持ち帰ってやっているんですが。夜中に保護者から電話がかかってくるんですが、これがまさにボランティアで、サービス残業だというわけですね。その状態でいいのかというと、ちょっと今悩むところでありますが、大臣のお考えを聞かせてください。

○伊吹国務大臣 

これはちょっと文部科学大臣としてはお答えしにくい質問だと思いますが、政治家として考えれば、やはり一般の地方公務員とは私は違うんじゃないかと。であるからこそ給与の体系も違っている。その給与の体系が実体的に揺らいでくる。そして、閣議決定で二・七六を削減するなどということを決めていれば、二・七六は削減しても、二・七六を上回る手当をやはり考えるというのが、文部科学大臣としては、私の責任じゃないか。しかし、その半面、一般地方公務員と同じような日々の争議行動や何かは慎んでもらいたい、これは当然のことだと私は思っております。

○藤村委員 

ですから、公務員のいわゆる労働三権云々の話が今後出てくるんでしょうが、やはり私も思うんです、教師は違うと。先生はまさに、もちろん教職という職業であり、それで対価を得るというのは当然のことですが、しかし、お金で仕事をしている人とはまた大分意味合いが違う、私はそういう思いなんです。ただ、今現場では、もう既に、一般公務員と一緒にしてくれ、残業、ちゃんとつけてくれという考え方が広まっていますよね。そういうふうに聞いています。ですから、ここはちょっと考えどころだと思うんです。

そこで、もう時間的に迫ってきたのでちょっと飛ばしますが、要は、今議論しているのは、教員の資質の向上についてということであります。
それで、私ども、実は今、教員の資質向上ということにおいて大きな転換をすべき時期だと思います。

旧文部省から今の文科省に至る中でも、先生はある程度専修免許ということで、大学院にシフトを考えてこられたこと、これは私は正しい方向であったと思います。

私たちはいよいよ、先生は大学院、六年、教員養成六年ということをここで打ち出すべきではないか。過去の例でいえば、お医者さんは確かにずっと昔から六年、それから、私の知る範囲では、割に最近の話で、獣医さん、犬猫の先生も六年にしましたよね。それから、ことしの四月から始まるのは、薬剤師が六年になりますかね。教員というのはぼちぼち六年にすべきではないか。

かつ、私ども今後提案をいたしますが、法案にもしたいと思っておりますが、いろいろな仕事がある。私は、学校経営という分野を一つ、それから教科指導という分野を一つ、それからもう一つは生徒指導等、キャリアカウンセラーでもいいんですが、そういう指導面、この三つぐらいの道をつくってあげる。それぞれについて六年制のまさに大学院で専門的に勉強してもらい、今後採用していく。

それから、現在の教員は、おおむね四年で出てこられた方が大半。この方は、先生になって七、八年ぐらい、更新ではなくて、サバティカルで一年間大学院マスターへ行ってもらう。それでまさにレベルアップして、その後の道を三つ、どれかを選択してもらう。私は教科指導でずっと最後まで行く、ですからこれは一教員で行くわけですね。私は経営で行く、教頭、校長の道ですよね。それから、私はやはりカウンセラーの道で行く、これは今のいじめ指導とか職業指導とか、そういうさまざまな、新たな教育分野に携わっていただく。こんな提案を、仮称公立学校教育力向上法案ということで、今検討し、出したいと思っております。

今後多分出てくるんだと思うんですが、免許の更新制度、一般には運転免許も三年か五年で更新ですから、更新制度いいんじゃないのという考え方がやや風潮としてはあるかもしれませんが、ここはよく考えながら、目的はやはり教育力向上のための教員のレベルアップでありますから。だめな先生を外すというのは、これは地教行法で、既にもう法律をつくってやってきましたよね。これがちゃんとうまく働いていないというところを働かせるということだと思います。

そういう意味では、いよいよ日本の義務教育諸学校というか公立学校の先生、これはもちろん免許の話ですから私立の先生もそうですが、六年を目指したいなと考えております。

これについてのお考えと、それから、もう時間がありませんので、今文科省で考えている、今後教員の資質、能力を高めていく手段、方法について、現時点でのお考えもあわせて聞かせてください。

○伊吹国務大臣 

今、先生たちの御努力もあって、教職大学院がいよいよ実質的にスタートいたします。この前、大臣決裁をしたところでございます。

六年制の御提案、三コースの御提案というのは、私は大変傾聴に値することだと思いますし、今後また御相談して、参考にさせていただきたいと思います。

それから、教員の免許は、これは運用のやり方をやはり考えなくてはいけませんが、先ほど先生のおっしゃった六年制、そして三コース、そして免許のあり方云々ということは、本来はやはり私は先生の御提案に賛成ですね。

しかし、残念ながら、教育現場でどういうことが行われているんだと。今度全国一律の指導、学習の習熟度試験をやろうとしたら、協力しないという教職員組合が現実に手を挙げてしまっているということでしょう。そういうところでどうしていくのかということもやはり考えないといけませんので、免許の問題については、やはり教えるということを中心に能力があるかどうかということは見きわめさせていただきたいなという気持ちがございます。
それから、教員の質の向上等については、同時に、研修あるいは不適格な職員の分限をどうするかということも含めて、今、中教審の御意見を伺っているところでございます。

しかし、きょう先生から御提案いただいた六年制、三分野という話は大変参考になりました。よく受けとめさせていただきたいと思います。

○藤村委員 

法律でぜひ出したいと思います。必ずしも免許更新制度の対案と言えるかどうかは知りませんが、目的は一緒です。つまり、教員の資質、能力の向上ということを目指して何をすべきか、この時点で。

更新制は、我々もうちょっと検討しますが、検討すればするほど、更新制度も、三十時間程度で何をだれが判断するのかなど考えていくと、なかなか。
今の自動車運転免許にしても、その他、免許を更新する制度は幾つかあるんですが、海技士という、海上保安庁の人とか、狩猟の免許とか、幾つかあるんです。それらの不適格要素というのは、すべて身体的事情なんですよね。運転免許もそうですね。これは皆さんも持っているからわかると思う。つまり、不適格にするというのは非常に難しいことであろうと。運転の能力を問うわけじゃないですね、運転免許は。ところが、教員の免許更新を教育力の問題でもし問うならば、だれがどのようにどういう基準で判断するかは大変なことになるなと。これこそ、お金もそれなりにかかりますし、費用対効果という面でどうかなというのが私の考えで。

かつ、フィンランドがよく例に出されますけれども、私、フィンランドの教育の中での特徴というか、いい点というのは、学ぶ点というのは二つ。一つは、まず教員がほぼマスターです、フィンランドの。それからもう一つは、少人数でやっています。十五人程度。この二つは学ぶ点だと思うんですね。
それは、いずれにせよお金がかかる話になってきますから、まさに伊吹大臣には本当に、もと大蔵省にいらっしゃった関係からも、これはこの暮れにかけて攻防だとおっしゃいますので、これは私も助っ人いたしますけれども、とにかく教育にお金をかけないと日本は今後だめになるのではないか、こういう危機感をみんなで共有して持って進んでいきたいなと思いますので、また続きは次の法案審議でやらせていただきます。

本日はありがとうございました。


 

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