○山内委員
自由民主党の山内康一と申します。
昨日全国学力テストが実施されまして、無事に終了したということで、今回の全国学力テストは、今のところ、報道等によると、非常にいい問題が多くて、高い評価を受けているようでありますが、私も、このような全国学力テスト、こういった学力調査をやった上で、実態をしっかり把握した上で教育政策を考えていく、教育のあり方を議論していく、そういった意味でも、今回の学力テストの実施について高く評価いたしたいと思います。
その観点から、最初に、学力に関する基本認識について、政府と民主党提出者両方に同じ質問をさせていただきたいと思います。
まず、学力に関して、政府の文書でも民主党の法案でも、学力低下が大前提というような議論が進んでおりますが、一体、具体的に、だれの学力がどの程度下がっているのか、あるいは、いつごろから学力が下がっているのか、もっと言うと、例えば小学校の理数科が下がっているのか、国語が下がっているのか、あるいは全体的に下がっているのか、そういった学力に関する現状認識について、まず第一問。
そして、同じく、続けて、学力が下がっているとして、その場合、何で学力が下がっているのか、その認識についてお尋ねしたいと思います。
○銭谷政府参考人
児童生徒の学力につきましては、さまざまな見方がございますし、数字だけでははかれない側面もあろうかと思いますが、小学生、中学生、高校生を対象にOECDやIEAなどが実施をしております国際的な学力調査の結果を見ますと、世界の中で少しずつ日本の位置が低下をしているという状況がございます。
例えば、非常に古くからやっている調査として、IEA、国際教育到達度評価学会というところが実施をしている数学、理科の教育動向調査がございます。日本は、全体的に見て上位にはございますけれども、小学校の理科、中学校の数学は、前回より得点が低下しているといったようなデータが出ております。それから、PISAの調査、これは高校一年生が対象でございますけれども、OECDのPISAの調査では、読解力が低下傾向にあるといったようなことがございます。また、日本の小中高校生に通じて言えることですけれども、国際的な比較におきましては、いわゆる学習意欲といいましょうか、勉強することが楽しいとか、学ぶ内容に興味があるといったようなことに対する回答率が低いといった状況がございます。
また、なぜ下がっているかということでございますけれども、必ずしも一概には言えないとは思いますけれども、家庭や地域社会が担っていた教育力、しつけ力の低下でございますとか、あるいは、学校において、いろいろ期待されているわけでございますけれども、その学校が、子供の主体性を重視する余り、教えるべきことをきちんと教えていないといったような指導上の課題がございますとか、あるいは、社会が豊かになって、子供を取り巻く環境が変化する中で、子供たちの学習意欲といいましょうか生活意欲といったようなものが低くなっていること、テレビやゲームの影響といったようなこともあるのかなと思っております。
いずれにいたしましても、私ども、子供たちの学習意欲というものを高め、基礎的、基本的な知識をしっかりと身につけた上で、それを活用してみずから考え、判断し、行動できるような、そういう力を身につけるような、そういうことを今後、今も努力しておりますが、今後ともさらに努めていかなければいけないと思っております。
○藤村議員
山内委員にお答え申し上げます。
今、認識的には、文科省、伊吹大臣もたびたびお答えのように、数字的に少し下がっているのではないかということと、それから、実感として、どうもこのごろの子供は勉強していないんじゃないか。これは、家庭における勉強の時間が何年か前から比べて相当減っています。そういうことから見て、学力が低下しているのではないかというのは、感覚的には確かにそういうことがわかります。
ただ、PISAなどの国際調査でも、毎回重点分野を置いて、時間や問題数もその時々で違いますので、単純に何年のPISAと去年のPISAとというふうに比較ができないということで、学力低下がきちんと、いわば数字的に検証できるという状況ではないと思っております。昨日の全国の一斉の学力テストということで、これが積み上げられていくときに割に正しい検証ができてくると思います。
加えて、やはり、学力とはそもそも何かというそもそも論にも今我々は頭を働かせないといけないと思います。文科省がしきりに基礎、基本の部分をどのようにするかということをおっしゃいますが、では、基礎、基本の部分だけで学力は向上するのかということも単純には言えないと思います。どうしても、社会的には、目に見えるペーパーテストの点数とか偏差値などに目が行きがちですが、やはり、学校でしっかりと培うべき力というのはそれだけではないというふうにも我々は考えております。
もう一つ、原因ということで、原因については、先ほどの局長答弁と我々も認識的には近いんですが、我々、一つ注視したいと思っているのは、PISAなどでも見られる傾向として、言語能力というものがどうも低下しているのではないか。それは、一方で、何年か前までの子供の読書量、本を読む、このことが相当減ってきた。最近、しかし、読書運動が起こって、少しふえてきている数字もございますが、そういうことが原因ではないか。
国語力というのが基礎、基本に本当にしっかりとあってこそ、算数の問題も日本語で聞くわけで、実は、最近問題が理解できないという、これは学力の低下と言えるかもしれません、そういうことが起こっているとも聞いておりますので、私どもにとっては、教育基本法の去年の議論もございましたが、やはり国語力というものはしっかりと今後充実させねばならないのではないか、これが本当に基礎、基本ではないかな、そのように考えております。
(中略)
○山内委員
ちょっと通告していた質問を外して、さっき思いついた質問を民主党さんにさせていただきたいと思うんです。
教育基本法案の九条だったと思うんですけれども、「建学の自由及び私立の学校の振興」というところで、将来のバウチャー制導入を踏まえて規定を盛り込んだという御説明がありますが、そのバウチャー制度について、通告していないので、お答えできる範囲内で、細かい数字は求めずにお尋ねしたいと思います。もしお答えいただければお答えいただきたいと思うんですが。
バウチャー制度を導入するということに関しては、このバウチャーというのは非常に教育学界でも賛否がいまだに分かれておりまして、どんな目的をもとにどの程度バウチャーを導入するかというのでかなり選択の幅があります。それから、バウチャー制度を導入すること自体は教育の質を上げる目的もあれば、供給量をふやすという意味でもバウチャー制度はそれなりに有効でありますし、あるいは、バウチャー制度を導入している国の中でも、低所得者だけにバウチャーを配るような制度もあるし、いろいろな制度があるわけであります。
そもそもバウチャー自体はたしかミルトン・フリードマンの「選択の自由」の中で出てきたような、そういう極めて自由主義的な、市場主義的な発想からきているものを、格差是正を党是とする民主党さんが持ち出しているところに若干素朴な疑問を感じておりまして、そういったバウチャー制度というのは、恐らくは、うまくいった学校は伸びていくかもしれません、しかしながら、うまくいかないところはもっと悪くなってしまう。結果的に、特定の学校は伸びるけれども、そうじゃない学校は悪くなって、格差が拡大する。
あるいは、日本国内の地方と都市の問題を考えると、地方においては、恐らく、選択しようにも通学圏内があるのでそんなにうまくいかない。あるいは、都市部においても、特に新しい住民がいっぱい越してくるような都市部においては、実は小学校というのはコミュニティーの最後のよりどころのような側面がありまして、それを崩壊させてしまうのがバウチャーではないかなと思いまして、そういったことに関してはどうお考えなのか。
○藤村議員
今、私学のところから引き出してバウチャー制度というふうに聞いていただいたので、それが正しいと思うんです。
すなわち、我々は公立の学校でバウチャー制度を求める考えはございませんで、今、公立と私立で、実は国が負担する公費というものは、ちょっと数字はあいまいですが、公立に、今一人当たり約八十万円ぐらい公費を出している。ところが、主に私立の高校ですね、私学には多分二十万円ぐらい、四分の一ぐらいであろうと思います。その差を埋める部分が私どもはバウチャーではないか。
つまり、国が普通教育、高校までの教育に最終的に責任を持つという場合に、財政的な責任ということでは、私学に行く人が、公費が、国から出される部分が非常に少ない。それが私学と公立の格差になっているわけです。一方、今、高校が、私学が多分三割近くあると思うんですが、実は私学の、高等学校における役割というのは非常に重いわけです。にもかかわらず、三割の方々は、国費、公費について、それなりにいわば手当てされているけれども、四分の一程度でしかない。この差を埋めるのが私どもはバウチャーではないかなと考えております。
(中略)
○伊藤(忠)委員
自由民主党の伊藤忠彦でございます。
私は、実は愛知県選出の議員でもございますので、やはりちょっと冒頭に、昨日行われました全国学力テストについて、大臣から少しお話を伺っておきたいと存じます。
この全国学力テストは、中山大臣において復活をされた制度で、四十三年ぶりに、昨日、二百三十三万人の方が全国一斉に受けられたわけでございます。
私の認識は、今こうしてここで、三法の改正を含めて日本の教育の制度を、教育基本法のもとに、いろいろな意味で今の時代に合わせていこう、こういう議論をしているときに、やはり、私たちがこれまで教えてきた子供たちの学力、成果というものがどこら辺にあるのかということについてきちっとしたデータとして持っておくことの重要さは、私は、受ける子供の側、そしてまた父兄、そしてまた教育現場にいる教師、並びに行政をつかさどる皆様方含めて、全員の宝としてこの成果は重要であったというふうに認識をいたしております。
この点につきまして、四十三年ぶりに実施をされました全国学力テストのことについて、テストの意義と、そしてまた大臣の御感想、御所見を最初にお伺いしたいと存じます。
〔委員長退席、小坂委員長代理着席〕
○伊吹国務大臣
ただいま先生が御指摘になったとおりの意図を持って我々はこれを実施したわけです。そして、教育委員会単位では、残念ながら、先生のお地元ではないかもわかりませんが、愛知県の一教育委員会を除いて全国すべての教育委員会が、先生がおっしゃったような、教育委員会の立場、文部科学省の立場というよりも、これは憲法に規定する大きな公共の福祉のためにやっているわけですから、それを理解して参加をしていただき、トラブルなくここまで来られたということを、一応胸をなでおろしているということです。
あとは、個人情報の保護の観点を重視しながら集計をいたしまして、そしてよく分析をして、単に学力だけではなくて、学ぶ意欲とか、学力の後ろにある諸環境をかなり調べておりますので、これをどういうふうに学習指導要領に具体化し、学校現場へおろしていくかという大切な資料だというふうに理解をしております。
これは単に、生徒に、どのあたりの到達度になっているかということももちろん大切かと思います、自分の学校がどうなっているか、自分の地域がどうなっているか、大切だと思いますが、国家百年の計の中でこれをどう使っていくかという観点、これが一番大切なポイントだと私は思っております。
○伊藤(忠)委員
今、大臣から御所見を伺いました。まさに、この学力テストの結果を、国家百年の大計である教育の今の現場に、どのように素材として加工し、そして使っていくことができるかというところが重要なポイントだということであります。
ここから先は、私の私見として、この点について一言申し述べておきたいのは、私どもの愛知県の一市町村が、このテストを受けることについて自主的に御辞退をした。これは、地方自治の原則からいけば、任意でどうでしょうかと言われていることでありますから、お受けをしないということも一つの判断としてあろうかと思いますが、実は、この市町は首長さんがかわりました。そして、以前の首長さんが指名をした教育委員の中から互選をされて教育長が選ばれました。新しい首長さんになって、やはり全国の学力テストを受けた方がいいのではないかという意見をぶつけました。
なぜこの市長さんがこのことをぶつけたかといえば、激しい選挙戦の中で、多くの市民の人たちから、自分たちの子供のためにも、自分たちの子供の位置づけのためにも、将来のためにも受けさせてやってほしいという声を聞いて、選挙に勝ち残り、そして、その答えを出すべく実はぶつけたわけであります。
しかしながら、前の市長さんが選ばれた教育長さんが、これを、ここだけは実際の言葉を使って言えば、政治が教育に介入をしてはならないということを言って拒んだわけであります。
私の認識は、この委員会で何度となく伊吹文部大臣が、だれが政権を担っても、子供の教育は、政治の激しい戦争に翻弄されることなく、すばらしい日本人をつくっていくために介入させてはならないということを何度もここでおっしゃいましたけれども、私に言わせれば、この教育長の言葉の政治の介入と文科大臣がおっしゃった政治の介入はちょっと違いがあるのではないかというふうに思っております。
そこで、私は、今度の三法の中で地方教育行政の組織及び運営に関する法律の中において、教育における国の責任の果たし方の中に、実は、教育委員会への是正の要求というところがございます。今度の学力テストは任意ですからここには当てはまらないわけでありますけれども、もしこれからも、先々、私たちの国の教育の全体を見ながら、どういう学力をどのようにつけさせていくことが一番大事なのかということについて、実際に教育を受けている子供たちがどの状況にあるかということは、やはり全体を調べておくことは極めて重要だと思って、このことについて、このテストそのものについて義務化をしていく段階が来たときにこの法律の意味合いが出てくるのかなと思ったりしております。
したがって、私は、今度の改正の中で、こうしたことも含めて、今度の学力テスト、私どもの愛知県の一つの市は、大変大事な試みもしてくれたし、私たちが考えるべき課題を一つ与えてくれた。じっくりと、文科省としても、また地域としても考えさせていただく課題だなというふうに思っておりますので、ぜひ、しっかりと見詰めていただきたいというふうに思っております。
ところで、私の地元は知多半島でございまして、その中に、東海市というのが私の選挙区にございます。東海市の市民の誇りと言われている方に、江戸時代最大の教育者の一人と言われた細井平洲という人がいます。ここの中におられる方で細井平洲さんを御存じの方がおられれば幸いでございますが、彼は、江戸時代の一七二八年に、私どもの東海市の荒尾というところに農家の次男として生まれました。その後、苦学を重ねながら、実は全国で各藩の学問の先生として、愛媛県ですとか熊本県ですとか和歌山県、奈良県と、いろいろなところで招かれて教えておりました。そして、一七六四年、平洲が三十七歳のときに、あの、山形県の、米沢藩の後に藩主となる十四歳の上杉鷹山の先生として迎えられて、平洲は全力を注いで鷹山に教育を与えた方であります。
上杉鷹山は、後に十七歳で藩主となって、平洲の教えを実行して、人づくりを通じて農業や産業の振興をし、当時窮乏をきわめていた藩財政を一代で立て直した名君とうたわれているのは、ここにおられる皆様方、よく御存じだと思います。さらに申せば、アメリカのJFK、ケネディ大統領すら、尊敬する一人に上杉鷹山を挙げたわけでございます。
この細井平洲さんの教えを、実は亡くなられた後に上杉鷹山がまとめた冊子がございます。これが嚶鳴館遺草という冊子でございます。この嚶鳴館遺草という冊子は、ちなみに、かの西郷隆盛も熟読し、これはすばらしいと言った冊子だと言われております。その中に、こういう言葉がございます。人はただ教え次第なるものゆえに、教える人を選ぶことが最初第一であるという文言がございます。これはすなわち、人は教育によって善人にも悪人にもなるんだ、だから、教える人を選ぶことが一番大事なことなんだということであります。
私は、郷土の先輩であるこの細井平洲先生の言葉に基づいて、教員免許に関します部分について、閣法の件、そして民主党の法案にそれぞれ御質問をさせていただきたいと思います。
まず初めに、先ほど同僚の山内議員からも質問がございましたけれども、修士を経て、一年の実習を経て教職員に持っていこうとする民主党の案なんです。
この点について、ちょっと私も同様の疑問を持ってお伺いをしたいと思っておりますのは、今現在、四大卒業後に大学院に進学をしようとする人たちというのは、学部卒業者の中で大体一一%と言われております。そしてまた、小中高等学校の教員の学歴区分をざっと見てみますと、四年制大学卒が大体八五%を占めていると言われております。これを一気に修士の卒業生に変えていくというのは、私は大変なことだな。
例えば、私が四年制大学で学んでいたとして、周りがどんどん就職していく中、教員を求めて二年残るかどうしようかと悩み、なおかつ、一年に学費が大体、平均で六、七十万かかるでしょうか、八十万前後かかるでしょうか。この金額を二年、どっちにしても払って、修士で学んで、それで教員採用試験を受けて実習を受ける、そして教員になるということ。私は、現代の世の中で、これが本当に現実的なのかな。
生徒を取り巻く環境を含めても、教職につこうとする意欲がある人たちが、余りに教職に実際につくまでの道のりが長いために、むしろこのことは、さまざまな理由から、教職につくこと自体をなえさせてしまうんじゃないかという気が私はしてなりません。確かに、長い間の教育、実施することはいいのかもしれませんけれども、しかし、就職に当たっての道のりが長過ぎるというのは、果たして本当に現実的なんだろうかということを思います。
それから、幼稚園の教職の先生方の実態を皆さんよく御存じだと思いますが、八割方は短大卒であります。この八割方短大卒で来ている幼稚園のところも含めて六年の教育を受けて出てこないと教職になれないとすると、これはもともと短大の人たちの多くが幼稚園教育に向きたいという人たちも多かったこの中で、世の中の短大はばたばたとなくなるでしょうし、こうした幼稚園の教員に対して、しばらくの間恐らく途絶えるかもしれない人間の供給力というものをどうお考えになるんだろうかということで、私は、この民主党の修士を経てというところに大変疑問を持つわけであります。
この辺のところを民主党案の提出の皆様方はどうお考えになっておられるのか、まずお聞かせをいただきたいと存じます。
○藤村議員
伊藤先生にお答え申し上げます。
先ほども少しお答えをしていた部分と重複いたしますけれども、教員になる側から考えるか、たくさんの子供を次代を担う子供として育てる親、保護者、社会の側から考えるかという視点の違いが多分あるかと思います。
我々は、やはり教員は、次代を担う子供たちの教育を行う上で、児童生徒に対して最も直接的に影響を及ぼすものであり、保護者の側から考えれば、専門職としての高度の専門性と豊かな人間性が求められることにかんがみて、また、医師に加えて、近年、獣医師や薬剤師、専門が違うとおっしゃいますが、いずれにせよ、高度の専門職という意味では、やはり六年制になったことなども参考にしながら、この際、ある意味では踏み切った、こういうことでございます。
これも何度も申し上げておりますが、人材確保法をつくって、今現に存在しますが、よい先生を集めようという法律を三十年以上前につくられた。そのときにも実は修士ということは考えられたので、それから三十年を経てですから、先生は時期尚早とおっしゃいますが、我々は、機は熟したのではないかという考え方でございます。
もう一つ、幼稚園のことでありますが、今、やはり幼児教育の重要性というのが非常に大きくクローズアップされていると思います。昔から三つ子の魂百までとは申しますけれども、やはり教育の基礎が幼児教育にあるということを非常に大きく我々はクローズアップしているところです。
最近、お聞きだと思います、小一プロブレム、小学校一年生の問題ということで、授業時間中に私語が絶えなかったり歩き回ったり云々ということで、小学校の初めの段階からなかなか授業がうまくいかない。それはやはり幼児教育のところできちっとやるべきであろう。ですから、小学校での教育のことも理解している先生が専門的で豊富な知見を持って幼児教育に当たってこそ、幼児教育がやはり格段によくなるのではないかと思います。
もちろん、現代におきまして、短大卒の二種免許の幼稚園教諭の方が多い現状もあると思います。しかし、専門的な知識の上に実際の経験を積み重ね、よりよい幼児期の教育の実現にやはりこれはこの際踏み切りたいという、非常に一歩前へ出た考え方でございます。
人が教育を受け始める幼児期、人生における教育を受けるスタートに当たる幼児期こそ、ある意味最重要と考えて、これは初等免許ということですので、幼稚園と小学校の一体の免許でございますので、両方がわかる先生を今後育てていきたい、こういうことでございます。
○伊藤(忠)委員
やはり現状がございますから、その現状の中で現実的な部分を考えたときに、いささか、確かに理想は理想でありますけれども、現場を考えたときにこれがどうであるかなという疑問は私自身はぬぐえないところだなというふうに思います。
政府案でも民主案でも、講習の間隔というのは、平たく言うと、十年で一致をしておられるんだな、これは同じところなんだな。恐らくこの十年というのは、法定研修が十年でもありますし、このことを土台にしてそれぞれ考えられたのではないかと思うんですけれども、講習時間が、政府案では三十時間、民主党案では百時間と、かなりの開きがあるわけでございます。
それぞれこれはお伺いをしたいと思うんですが、まず、三十時間、百時間の算定の根拠となることというのはどんなことだったんだろうか。それから、私は、もちろん時間の長さじゃなくて、中身がとても大事だというふうに思っております。この講習の中身で一体全体どんな成果を上げようというふうに考えておられるのか。それぞれこの案について御説明をいただければと思います。
〔小坂委員長代理退席、委員長着席〕
○銭谷政府参考人
免許更新に当たりましての更新講習の時間でございますけれども、昨年七月に出されました中央教育審議会の答申の中では、中身の伴った、教員にとってもその後の成長に意義のあるものにするために最低三十時間程度が適当ということが提言をされ、それを受けて、今回、法案としてお願いをしているものでございます。
やはり更新講習の内容が大事でございまして、使命感や責任感、教育的愛情に関する事項、社会性や対人関係能力に関する事項、幼児児童生徒理解や学級経営等に関する事項、教科、これは教科指導、指導方法、いろいろございますけれども、教科の内容等に関する事項、そして最新の教育に関する動き、例えば発達障害が最近多いからそういうことについて学ぶとか、そういった最新の知見というものを含めて三十時間の講習を構成していくということが必要だと思っております。国会における御審議も踏まえまして、中身はさらに詰めていく必要があると思っております。
また、講習を行う実施者につきましても、国の方で一定の基準をつくりまして、そして認定をした上で実施をしていただくということが必要になってこようかと思います。
また、更新講習を受ける教員につきましても、この内容を修了し修了認定をもらうということによりまして、教員がその時々で必要な知識、技能を身につける、そして自信と誇りを持って教壇に立てるということが可能になるわけでございまして、そういうことを目的としているものでございます。
○藤村議員
政府と大きく違う点は、政府は、十年研修は十年研修でそれぞれの目的を持って行う、今の御説明のように更新研修は更新研修、目的が違うということで、そうすると、実は、十年ないしその辺の人がダブることもあり得ます。私どもはもうはっきりと、十年研修というものを、まさに教員のレベルアップをしていただくための刷新、リニューアル研修と称して、今の法定十年研修制度、これは十年教育経験者研修と呼んでおるようでありますが、まさに現場の教員の方の更新講習のような形で修了認定をしたいということであります。
三十時間で今おっしゃったことができるのかなというのは、少し物足りないと思います。やはり、我々は、一応百時間という想定は、三十時間というのはリニューアルすべき、時代の変遷に伴う共通した教育研修、それからさらに三十時間は模擬実習、模擬演習など、それから四十時間はそれぞれの教科に関する研修ということです。
実は、現在十年研修として行われているのは、各教育委員会単位ではございますが、これは、一つの例でいいますと、社会教育研修一日間、生徒指導研修四日間、選択研修三日間、教科指導研修四日間、計十二日間をセンターで座学で集めてやっているという以外に、実は八日間の現場での実習も、それを研修として、十年講習として行っている。二十日間ぐらい、一日五時間とすれば百時間ぐらいのボリュームになりますので、やはりそのぐらいやっていただきたいなというのが希望でございます。
○伊藤(忠)委員
ちょっと一つ確認をしておきたいんですが、民主党案でも、法定研修の十年とこの十年目の研修と、それぞれ受けていただくではなくて、一致させるんですね、一つにする。だから、法定十年研修はもうなくして、やるということなんですね。これは非常に大きく違うと思うんですね。やはり機会を多く持った方がいいのではないかというのは私の私見であります。何回か受けていただく機会を持って、自分を見詰め直す機会があった方が私はいいのではないかというふうに思うんです。
民主党案の皆さんにもう一つこの研修の件でお伺いをしたいんですが、先ほど、修士を出られた方が教員として上がってくると。これが、いずれは毎年十万人もの人たちが百時間ずつ大体受けていただくという数字になるんですけれども、やはり修士を出てきた先生ということになれば、それなりに高いレベルの講師陣といいましょうか、あるべき講習の中身みたいなものを用意していかなければならないんでしょうけれども、こんなレベルのものを百時間も受けていただくことが、例えば講師の確保でありますとか受け入れの体制ですとか、講習の実施そのものが可能なのかなというのが私の率直な疑問なんです。
そこで、できれば民主党の法案提出者の皆さんに、もう少し今藤村先生がお話をいただいたところを詳しく、どんなふうにされるのかなということを教えていただければ幸いです。
○伊藤(忠)委員
ということは、閣法、内閣提出の法案の中においては、これはもうとにかく十年ごとに全員が受けていただく、その負担については、基本的に自己負担もあるけれども、やはり国として立派な教師をつくっていくことによって制度導入を図っているので、一部負担も含めて考えてまいりたい、こういう方向性と認識をしました。
そして、民主党の提出の法案によれば、もしかすると、これは八年間、ここの文章によれば、八年間以上実務経験を受けて専門免許をもらえれば、だれも受けなくてもいいかもしれない世の中が来るかもしれないから、まずもって、とにかくお国が、例えば国がこれを負担することを含めて考えているわけじゃなくて、そこら辺のところはまだ先がどうなるかわからないので、今の段階では申し上げられないということなんでしょうか。こう理解をしてよろしいですか。先々、この国会、今の議論で考えていきたい、今の時点ではそこのところは申し上げられないというか、こういう言い方をしちゃ恐縮ですけれども、そういうことですね。
私ども閣法の方が極めてはっきりしているものですから、もう一回、ちょっとそこのところだけしていただければ。
○藤村議員
十年講習を実は我々は充てたいと考えておりますので、公務員の場合は、実は法定研修で、これは職務命令で出て、経費が出ます。そういう意味では、公務員は少なくとも我々の今の制度ではお金がかからない。
あと、国立と私学の先生方についてどうするかを今後検討していきたい、こういうことであります。
○伊藤(忠)委員
これは、私どもの閣法においては結構はっきりしてきているところだと思いますが、そこのところ、民主党案さんもこれからまたよく考えられるポイントなんだなというふうにちょっと理解をさせていただきます。
それで、時間がないので、もう一個進めさせていただきます。
私は、やはり教員の今度の制度改正、免許を含めてですけれども、よく言われておりますように、立派な教員をつくりたい、教員を排除していくことだけが能じゃなくて立派な教員をつくっていきたいという試みであるというふうに理解をしておりますけれども、学校教育の信頼を取り戻すために、免許の更新制によって教員の質の向上を図ることとあわせて、一面、いわゆる指導力不足の教員の排除策というのも実際には必要ではないかという気がいたしております。
それはやはり、地域が子供を送り出している学校において、そのままその人たちを存在させているということがいかがなものかというのは、普通の常識として、もう今あれだけいろいろな事件も起きておりますから、そういうことがあるんだろうと思うんです。
特に民主党案の方でお伺いをしたいんですけれども、こうした不適切な教員の人事管理というものの厳格化について民主党の皆さんはどうお考えになっておられますでしょうか。
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